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一杯の水・ライジング

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ミーンミンミン

 蝉の声がうるさい。
 いけない!
 集中力を乱すな!
 俺、釶打山(なたうちやま) 茂は高校2年生!
 夏休みが何時までもあると思うな!
 今年こそ最初で宿題を終わらせるんだ!
 毎年の夏休み後半を思い出せ!
 目の前にあるのは、科学の教科書、辞典代わりのスマホ、ノート、シャーペンと消しゴム、それを収める筆箱だけだ。
 そして、その向こうには何より大切な物がある。
 それは、安全保障にかかわる重大なものだ。
 誰にも奪われるわけにはいかない!!
 これだけに集中するんだ!!

カチャカチャ
「ハハハ」「ホホホ」
 
 食器のこすれる音、笑い声もある。
 それも、満員御礼だ。
 夏休みシーズンだから、子供が多いファミレスはもっと騒がしいと思い、ちょっと大人向けの喫茶店で勉強することにしたんだ。
 だが、うかつだった。
 ちょうど窓際の席にいたから、外を見てみる。
 この街は市町村合併の前から市だったから、それなり多くの店がひしめく商店街がある。
 駐車場にはバイクと車がすずなりだった。
 この辺りは自然が多いことで有名だから、長期の休みになるとツーリング客が道路を埋める。
 店を今埋めるのは、そんな遠くの地方までわざわざやって来る元気のある、ありすぎる、たぶん大学生ぐらいの若者たちだ。
 まったく、迷惑なくらい!!!

 いや、ここはお店だ。
 人がいることは、いいことなんだ。
 出るのは、この紅茶を飲んでからにしよう。

カランカラン

 入口のドアを開けるとなる、鈴の音。
「こんにちは」
「いらっしゃい」
「今日も暑いね」
 客と店主の声もうるさい。
 いやいや、あの程度のあいさつは、当然のことだ。
「今日は仕事じゃないはずだけど、どうして? 」
 初老の男性店長の声。
「たまには、店長のコーヒーをじっくり飲みたくてね。あ、ケーキセットと一緒にね」
 ん? 仕事?
 俺が振り向いた先にいるのは、我が高校の同級生、鷲矢 武志だ。
 そう言えばあいつ、アルバイトでピアノを弾いてるって言ってたな。
 視線を店の奥に。
 そこには黒光りするグランドピアノが。
 共にある楽器も豊富だ。ドラムや何本ものギター、キーボード、トランペット。
 壁一面を飾るのは、古いレコードたち。
 今流れている曲も、たぶんそのうちの一枚だろう。
 ここの店は、ジャズ喫茶で有名なんだ。
 いつか生演奏で聞いてみたいな……。
 いかん! いかん!

「あ、茂じゃないか。元気だったか? 」
 武志が話しかけてきた。
 肉のついていない細身の体に、地味な顔。それにメガネ。
 見るからにひ弱そうな男だが、騙されてはいけない。
 ……まあ、今日は気にすることはないだろう。
「あんまり~」
 そう言いながら、俺は重要物を見つめ続ける。
 今の俺は集中しなければ。
 と思ったら、武志の奴はとんでもないことをしやがった!

「ああ、水おいしそう。もらうね」
 そう言って重要物の入ったコップに手を伸ばした。
 そこに入ってるのは、一杯の水。
 それを事もあろうに、つかみあげた!
「あー! せっかく集中してたのに! 」
 武志はぎょっとして手を止めた。
「ど、どうしたんだ。いったい? 」
 このうかつ者に俺は、怒りをしばしおさえて説明してやることにした。
 オレはコップの中に右手を入れた。
 そして、水を上にはね上げる。
 水は武志の顔にかかるわけではなく、ゴムのように空中で弧を描いて飛んだ。
 そしてすべての水は、俺の掌にボヨボヨした塊となってまとまった。
「俺の細胞を極限まで濃くして混ぜてあるんだ。飲むとおなか壊すぞ」
 俺は水を操る異能力者なんだ。
 俺の細胞は水を取り込むとアメーバのように変化し、動かしたい方向へ細胞をどこまでものばしていける。
 自分で触れている間は自在に動かせるけど、体から離れても10秒程度なら決められた動きをさせることもできる。
 後、細胞から鞭毛をのばせば空中の熱を出し入れすることで、蒸発させたり氷にすることもできるぞ。
「今年の自由研究は、コップ一杯の水をどうやって有効利用するかにした―」

 この説明は、突然上がった客の叫びによって断ち切られた。
「あっ! すげー! 異能力者だ! 」
 その叫びを聞くと、他の人たちも立ち上がった。
「えっ? どこ!? 」
「あ! あそこ!! 」
 たちまち、お客が立ち上がり、俺のまわりに人だかりができた。
 お、おれはとりあえず、水を紐状にして、ぐるぐるまわしてみる。
「おお~」
 感嘆の声が重なり、カメラが次々に向けられた。
「ちょっと! 写真を撮るなら許可を取ってからにしなさいよ! 」
 人だかりの向こうから声がした。
 それに対する答えは。
「写真、撮っていいですか? 」「写真、撮っていいですか? 」「写真、撮っていいですか? 」「写真、撮っていいですか? 」「写真、撮っていいですか? 」「写真、撮っていいですか? 」「写真、撮っていいですか? 」「写真、撮っていいですか? 」「写真、撮っていいですか? 」「写真、撮っていいですか? 」「写真、撮っていいですか? 」「写真、撮っていいですか? 」
 とてつもない、うるささだ。
「い、いいですよ」
 スマホよりも本格的なカメラが多いな……。
「エクスティンクションだ! あんたエクスティンクションだろ!? 」
 客の男に気付かれた。
「え、ええ、そうですけど」
 どうやら、ここにいたのは全員異能力者オタクだったらしい。
「エクスティンクションさんて、何をしてるんですか? 」
 他の客から、よくある質問。
「か、火事の時の消火。主に人命救助のお手伝いです」
 エクスティンクションは英語での消火でしょ。とは言わなかった。
 しかしやばい、俺はじろじろ見られるのが苦手なんだ。
 あの何もかも見透かしてやろうという視線で見つめられると、親でもないのになんでそんなことするんだ! という怒りがわいてくる……。
 が、思ったより視線が少ないな。
「……何してるんですか? 」
 人だかりの何人かは、俺ではなくスマホを見ている。
「え? 」
 目の前でスマホをいじっていた女性は、「あっ」そう言って自分が質問されたことに気付いた。
「あの、WIKIであなたのことを検索していました」
 本人が目の前にいるのに、することか?
 迷惑をかけたくないなら、道を開けるぐらいするべきじゃないのか!?
 もう、こんな所にいたくない!
 俺は、文房具たちをカバンに放り込む。
 超濃度細胞水は、まとまってるなら濡れる心配はない。
 ポケットに突っ込んだ。
 立ち去る前に、陽動作戦だ。
「あのね、ここにはもう一人ヒーローがいます」
 視線が完全にこっちを向いた。
「レイドリフト・ワイバーンです!! 」
 俺はそう言って、武志の手を取り、高々と上げて見せた!
 お客の視線がスマホに集中した。
 これでお客が詮索をはじめれば、時間が稼げる。
「レイドリフト・ワイバーンだってぇ!? 」
 さっき俺を見抜いた男だ!
「最強のサイボーグ戦士! いくつもの異世界に召喚され、そのたびに救いをもたらした、真の英雄! 」
 1秒しか足止めできなかった!
作品名:一杯の水・ライジング 作家名:リューガ