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セツエン

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 山は赤と黄でまだらに色づいていた。乾いた風が木々を揺らしながら吹きぬけて、鮮やかに色づいた葉は宙を舞う。短い旅を終えて山沿いの村へたどり着いた。茅葺き屋根の家が十数と、狭い畑が幾つかあるだけの小さな村だ。その端にある家の前で、ひざを抱えてしゃがみこみ、じっと落ち葉を見つめる少年がいた。
「まて、とっつかまえるぞ」
「お前なんかに、やられるものか」
 枯葉が風で動くたび声をあてて少年は独り遊んでいる。あの夏から一年を経たセツエンだった。
「あっ……」
 強い風が枯葉を目の届かぬ所へさらっていった。入れ替わるように同じ年ごろの少年たち三人が現れる。
「なんかここら辺、くっせえ。くっせえな」
「セツエンがおるからだ。一人でぶつくさ言って気味がわりい」
 はやし立てる二人へ言い返しもせず、セツエンは弱々しく俯く。三人の内で最も体の大きい少年、ソクが大声でセツエンに話しかける。
「知らんぷりか。おおい、話せんのか? 聞こえんのか?」
 ソクは坊主頭をかきながら細い目をより細めてにやけている。彼はセツエンより二つ上の十一歳で、この村のガキ大将だった。理由もなく乱暴をするのでセツエンは彼が苦手だった。
 ソクは地面に落ちている小石を掴み、セツエンへと投げつけた。避ける間もなく、石はにぶい音を立てて少年の額にぶつかった。
「聞こえもしない、話せもしない。痛さもないだろ。すてごの、のろま! すてごの、のろま!」
 ソクの言葉を聞いていられず、セツエンは我が家へと逃げこんだ。暗く埃っぽい家には彼を守る父も、愛してくれる母もいない。がらんどうな空間をすきま風が通りぬけるだけ。
 父が使っていた布団へ潜りこむ。病で亡くなってから二年の月日が経っている。わずかな温もりだって残りはしない。それでも、今の彼を守ってくれるのは父との暖かな思い出だけだった。
「おい、あいつ泣いてんじゃねえか!」
「セツエンは泣き虫、毛虫、蛆虫じゃ!」
「叩け叩け、退治じゃ退治! つぶしたら臭い汁が出る! 石で退治じゃ」
 少年らが外から石を投げ込んできた。面倒を見てくれているオヤユという男が来るように祈りながら、セツエンはカビくさい布団を涙でぬらす。石の当たった額より胸の奥のほうがずっと痛かった。
「うわ、なんだ。おい!」
 ソクの悲鳴に続いて、獣の吠える声が耳に入る。何が起きたのか察し、セツエンは布団をはねのけて外へ飛び出る。
「来んな。こっちに来んな!」
「あっち行け!」
 四つ足の獣が一直線に子供らへと駆けていた。少年たちは散り散りに逃げる。ソクだけが足を絡ませて転んだ。小さな獣は彼へ狙いを付けて太ももに噛みつく。
「おい! カンム! やめろ!」
 声を上げながらセツエンは走る。向かう先ではソクに子犬がしがみ付いていた。セツエンが引きはがそうとするも強い力で抗われる。なんとか、掴み上げるとソクは何も言わず逃げて行った。
「ああ、もめ事を起こしちまった……」
 村の大人たちが捨て子の自分を避けている事を少年は知っている。良く思われていないという事も。幸いソクの怪我は大した物ではない様だったが、それでもセツエンはどう叱られるか不安でたまらなくなった。
「お前は噛みすぎだ! カンム!」
 彼の気持ちなどお構いなしに犬はあくびしている。去年の夏に出会った子犬はセツエンの世話のかいもあり肉付きよく育っていた。この噛み癖のある雌犬を少年はカンムと呼んでいた。セツエンの家で昼寝していたのを起こされて不機嫌になったらしい。
 彼女に呆れながら俯くと、ぷうんと地面が臭ってきた。小さな水たまりが出来ている。ソクが小便を漏らしたのだと気づき、いつも威張っている彼の情けない姿を思い出してセツエンの心は軽くなる。舌を出して息を吐くカンムがへらへら笑っているように見えた。のんきなさまに吹き出して少年は声を出して笑う。
 少年の笑いざまをどう思ったか、カンムは頭を下げ、背中をそらしながら尾を左右に振った。子犬の顔を見ている内に、セツエンは遊びに誘われているような気がしてきた。
「よし、裏山にでも行くか」
 一人と一匹はそろって山に向かう。暗い気持ちは消えていた。たとえ言葉が通じずとも、自分の隣に誰かがいる。ただそれだけで、少年は安らぎを感じられたのだ。

作品名:セツエン 作家名:周防 夕