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意味を持たない言葉たちを繋ぎ止めるための掌編

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トワイライト


「朝焼けと夕焼け、どっちが綺麗だと思う?」と香苗が訊いた。
 僕は朝焼けと夕暮れを想像した。しかし、それらの違いが僕には分からなかった。
「どっちも変わらないんじゃないか?」と僕は言った。
 香苗は頬を膨らめた。「全然ちがうよ。朝焼けと夕暮れは全然ちがう」と香苗は言った。
「どうちがうんだよ?」
「夕焼けは空がぜんぶ真っ赤に染まっちゃうけれど、朝焼けは赤のなかに少しだけ青が混じってるの」
「どうして?」
「そんなの、知らない」
「知らないのかよ」と僕はあきれながら言った。
「私は科学者じゃないんだからそんなの知らないよ。でも、本当なの」香苗はむきになった。
「ふうん。じゃあ、今度確かめてみよう」と僕はさほど興味なさそうに言った。
「ぜったい見る気ないよね」香苗はそう言いながら僕の肩を軽く叩いた
 僕はそれには反応せず、「で、香苗はどっちが好きなの? 朝焼けと夕焼け」と僕は訊いた。
「ぜったい、朝焼け」と香苗は笑みを浮かべながら言った。
「どうして?」
「朝焼けは赤と青が交じり合ってるって、さっき言ったでしょ? 私はその青が好きなの。とっても優しい青で。絵の具では描けないような色合いでとっても綺麗なんだから」香苗は自分の表現に不満があるかのように首を横に振った。「綺麗って言葉じゃあ、ちょっとしっくりこないな。なんだか、その、とっても不思議な青なの」と香苗は言った。
「ふうん」と僕はまた適当に応答した。香苗はいつもいろんな物事を深く考える癖がある。まともに対応していたら、こちらの身体がもたない。奇妙な質問は今までに何度も受けてきた。例えば、こんなこと。

夏の雨と冬の雨、どっちが好き?
目玉焼きと卵焼き、どっちが好き?
食べることと排泄すること、どっちが好き? 
 
 こんな奇妙な質問は何の前触れもなく、問いかけられる。はじめのうちは真面目に答えていたが、だんだん面倒になってきて、今ではさっきのように適当に合わせるようにしていた。そのたびに、香苗はふてくされるのだが、それももう慣れてしまった。
 僕は歩みを止め、後ろを振り返る。思った通り、ふてくされた香苗が10メートル後ろに突っ立っている。いつものことだから僕は驚かない。僕は香苗にばれないように小さな溜息を吐いた後、いつものように「ごめん、ごめん」と言った。「朝焼けと夕焼けの件はまだわからないから、じっくり考えるよ。だから、こっちに来なよ」僕は左手を前に出し、手招きをした。香苗はまだ頬を膨らましている。「ほら、おいで」と僕は言った。
 香苗はこちらにしぶしぶ歩み寄り、右手を僕に差し出した。いつもと同じように。そして僕らは手を繋ぎながら、アパートへと帰った。空には青が混じっていない夕焼けが僕らを包み込んでいた。