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糸魚川 翡翠
糸魚川 翡翠
novelistID. 57856
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囚人と青い鍵 1

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9 罪人と馬鹿


私は久々に家に帰ってきた"琥珀"のために朝ご飯を作って、"琥珀"と一緒に食べるはずだった。
だから今も"琥珀"を起こしに行って、すぐに食べられるよう皿を並べていたはずだった。

「おはよう、こは……嘘でしょ?」

はずだったのに。

"琥珀"は昨日帰ってきたはずなのに。
私が取り戻したはずなのに。
私は彼を"琥珀"にしたはずだったのに。

「なんで…戻ってるの?」

「どうしたの、ねーちゃん。俺、なんかついてる?」

青い彼が、"琥珀"と同じ口調で問う。

「違う。違う違う違う違う違う!」

そこで私の視界が歪んで、倒れる私を誰かが支えてくれていた。

そこで記憶が途切れている。



ここは…
いつものベッドだ。私を支えてくれた人が、ここまで運んでくれたのだろう。

しかし。明らかに違和感がある。

「誰!?何!?背中にいるの誰!?」

飛び起きて振り返ると、青が真っ先に目に飛び込んできた。その青が、昨日から今朝にかけての、私の彼への仕打ちを思い出させた。

「わわっ!ごめんなさい、ごめんなさいマスター!」

まず、状況が読めないのだが。

「いや、その、僕はその、マスターに変なことをしようとか、そういうわけではっ!」

本当に?

「ホントです!本当ですってば!」

こいつ、心読めてるのか?

「ただ、マスター暖かいなぁって…」

十分変態じゃないか。
何を感じ取ったのか、目の前の彼は表情をこわばらせた。あぁ、カイトだ。

「あのさぁ。」
「はっ、はいっ!」

「誰が私のベッドに入っていいって言ったよこの野郎」

「ごご、ごめんなさい…」

効果音が聞こえそうなほどわかりやすくしゅんとするカイト。別に怒っていたわけじゃなく、ただ、その反応を見てみたかっただけだ。

「それはともかく、だけど。」
「何ですか?マスター。」
「朝ご飯、食べた?」

確かに、カイトの為に作ったわけではなかった。
でも、昨日から今朝にかけての私のしたカイトへの酷い仕打ちに対して、せめて食べてもらいたかったと今では思うのだ。

「ごめんなさい、食べました。僕のためのものじゃないのに…」

「いや、食べてもらえたなら、良かった。むしろ、謝るのは私の方だ。」

「いや、そんな、マスターは、だって…。あの、朝ご飯、美味しかったです!」

素直な、優しい子だ。カイトは、カイトだ。琥珀じゃない。代わりでもない。代わりでなんてあってはいけない。なのに私は…。

「ごめんね…カイト……ごめんね…カイトはカイトなのに…、琥珀じゃないのに…カイトなのに…」

涙が溢れてくる。
格好悪い。私が悪いのに、こんなぼろぼろ泣くなんて。
カイトの方が、別の人間の代わりを押しつけられ、苦しかったはずなのに。馬鹿だな、私本当に馬鹿だな。もう、どうやって接したらいいんだろう。
仮にも、カイトのマスターなのに。

「私酷いことしたよね、怖かったよね、訳わからなかったよね、辛かったよね、苦しかったよね、ごめんね…ごめんね…あれだけのことをしたのに、私、謝るしかできない…本当にごめんね…、ダメだね、私…」

不意に、私の体が暖かい何かに包まれた。

「ごめんなさい、マスター。」

「え?」

どうしてカイトはこんな私を抱きしめてくれているの?
どうしてカイトが謝るの?

「僕は、マスターの大切な人の代わりになってあげることはできません。」

「だから…それは…」

「でも、僕はマスターの側にいます。側にいたいんです。側にいさせてください。」

「え、どうして、なんで?私のこと、嫌いにならないの?あんなこと、したのに。別の人間にしようとしたのに…」

「嫌いになんてなりませんよ。」

「それは…私がマスターだから?」

「そうかもしれないです。細かい理由は、まだ僕もよくわからないです。でもわかってるのは…」

「言わないでっ…」

言われたら、余計苦しくなりそうだ。きっと健気な言葉なのがわかっているから、余計に。

「嫌いになんて絶対ならないこと。僕にとってマスターがとても大切だってこと。もし叶うならば、マスターにとっての僕も、大切な存在になれたらいいなって願っていることです。」

収まりそうだった涙が、また止まらなくなった。

「だから…だから言わないでって言ったのに…馬鹿…」

自然と、私も腕を回していた。

「馬鹿…ばかぁ…」
「馬鹿ですよ、僕は。マスター馬鹿です。多分。」
「ほんとだよぉ…この…バカイト…」
「あー!マスターまでめーちゃんと同じこと言うー!」
「めーちゃん?」

聞き慣れない名前が、私に顔を上げさせた。
「マスター、大丈夫ですから、もう泣かないでください。」

「うん、ありがとう。それで、めーちゃんって誰?」

自分でも恐ろしいくらいに、「めーちゃんって誰?」の声のトーンが下がっていた。普段は人のことなんてほとんど気にしないのに、どうして「めーちゃん」のことはこんなにも気になったんだろう?

「あぁ、僕と同期のボーカロイドです。一応姉です。今は同期で妹のミクと一緒に別のマスターのところにいるはずです。」

「彼女とか、そういうんではないんだ。」

「あ、それはないです。」

けろっと返すということは、本当にただ同期なのだろう。
って、どうして私はこんなことを聞いてるんだ?
そんなん、どうでもいいのに…。

作品名:囚人と青い鍵 1 作家名:糸魚川 翡翠