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先輩

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第5章 サヤ



   1

 机の上で勢いよく震える携帯のバイブレーションの音で、ベッドから飛び上がるように目が覚めた。
 布団に包まったまま机に手を伸ばして携帯を手に取り、開ききっていない瞼を擦りながら携帯の画面を見ると、時刻は十一時五分前だった。休日でもきちんと朝七時に起床するようにしている私にとって、これはとんでもない大寝坊であった。
 二桁の時刻に驚いた衝撃ですぐに覚醒し、布団から抜け出て勉強机の椅子に腰掛けた。携帯の画面には「新着メール 一件」と表示されていた。
 
 件名『re:Re:re:Re:re:』
「みーちゃん、おはよ!
 今日は待ちに待った先輩とのでとでとデートです! きゃは♪
 楽しみで楽しみで、しょうがないよ!
 午前中は、私と先輩二人で街角デートするから、みーちゃんは午後、そうだな〜、三時くらいに駅の改札前に来てもらってもいい? 
 あ! やっぱ学校の近くもデートプランとして入ってるから、やっぱ正門前の公園に来て!
 時間は変わんないよ! 
 あ〜でも三時に終わるかわからないから五時がいいな。
 学校に来ればどこにいるか分かると思うから!
 てなわけで行ってきま〜〜す!
 みーちゃん、先輩のこと見たら……きっとすっごいびっくりしちゃうよ!!」

 送る前ならいくらでも修正できるメールなんだから、訂正前の集合場所や時間は消してて欲しかった。紛らわしい。
 とりあえず待ち合わせの五時まではまだ充分時間があったので、ほっと安心した。
 リンは彼氏のことを『先輩』と呼んでいる。つまり年上ということだろう。リンと関わりのある三年生で、仲のいい男子などいただろうか?
 吹奏楽部の三年には男子が一人もいない。二年には打楽器に二人だけいるが、リンと話している姿は一度も見たことが無い。私はその二人のうち、片方とだけ話したことがあるが、彼女がいるというようなことをそのとき聞いた。それを聞いてすごく悔しかったような驚いたような記憶がある。絶対に恋人のいなさそうな冴えない男子なのに。
 そんな事はどうでもいい。問題はリンの話だ。
 三年生の勝山先輩とは仲がいいが、いくら男まさりといっても、彼女は一応女性である。というか正真正銘の女性である。いくらなんでも女同士――同性愛ってことはないだろう。「純セン!」のハヤトが好きだとか、最終回が同性愛で納得できない等といっていたのだから、その線はまずない。
 そうやって絞っていくと――やはり馨先輩しか残らなくなる。
 リンが馨先輩と始業式以来、会ったり話したりしたのかは未だに分からないが、馨先輩のあのルックスなら、一目惚れしても全然可笑しくない。そう言っている私自身が一目惚れをしてしまったのだが……。
 少なくとも打楽器の二人を好きになるよりは、可能性は充分にあるだろう。
 けれど――出されたヒントによれば「馨先輩ではない」らしい。わざわざ誤解されないように告げたのだから、これはほぼ間違いないはずだ。
 やっぱり、いくら考えても答えには辿り着かない。延々と同じ考えを繰り返すだけになってしまう。
 
 私は学校を休んでいた三日間、部屋で布団を被りながら、眠るわけでもなく何もすることも出来ず、朝から晩まで体育座りしてじっとしていた。
 耳からは馨先輩の別れのセリフが聞こえ、目を瞑れば黒装束のストーカーや大和田先生の笑みがフラッシュバックされる。それが三日間ずっと続いた。
 眠りについてもすぐに起きてしまい、寝不足を通り越して、いつ寝ていていつ起きていたのかも自分で分からない状態にまでなっていた。そんな中ようやく落ち着きを取り戻してきて、熟睡できた今朝。リンからのメールで起こされたのだった。
 とりあえず今日はリンと遊ぶ約束をしていたおかげで、鬱々とした気分が少し和らいだ。リンと久々に会えると思った途端、嫌な気持ちがどこか遠くへ飛んだようだった。
 三日ぶりにまともに部屋から出て、まずは洗面所へ行って顔を洗った。洗い終わった顔を鏡で見ると、目の下にくっきりと大きなくまが出来ていた。これはさすがにまずいと思い、無意味だと思ってももう一回顔を洗い直した。
 しかし、そんなくまよりも、三日間シャワーをさっと浴びたぐらいで、まともにお風呂に入ってもいない身体の方が問題だということに気付いた。さすがに不潔なので気付いた途端、浴槽に昨日のお湯が残っていたため、ぬるいと分かっていてもすぐにお風呂に入り、しっかりとシャワーで体を洗い流した。
 身だしなみを整えたところでリビングに行くと、母が作った朝ごはんを私の部屋に持っていくために、サランラップに包んでいるところであった。
「あ、美紀……。具合、大丈夫……?」
 母は心配しているような、悲しんでいるような、よく分からないが不安そうな顔をして私を見ていた。サランラップを持った手が完全に止まっている。
「母さん、心配かけて……ごめんなさい。でももう大丈夫よ。今日は夕方にリンと出掛ける約束しているの」
「そう……。気をつけてね。最近物騒だって聞くから、暗くなってきたらすぐ帰ってくるのよ」
 そう言って母はお皿やコップに掛かっているラップを剥がし、テーブルの私の定位置に移動させた。
 私は椅子に座り、そこに置かれたほくほくと湯気のたつご飯と、少し冷めた味噌汁を食べ始めた。特に豪華な食事でもなく、毎日口にしているいつものご飯のはずなのに、何故だか今日はとてもおいしく感じた。
 食べ終わって母に御礼を言い、部屋から学校の荷物を持ってきて和室で勉強することにした。
 部屋でせずに和室で勉強をする理由は、休んでいた分を自分で勉強し、月曜の授業をそのまま受けられるようにしておくのと、部屋に一人でいたらまた暗い気持ちになってしまいそうだったからだ。和室なら母も家事の最中に出たり入ったりをするので、集中はあまり出来ないが、ベッドで蹲っているよりはまだマシだと思った。
 歴史の勉強をしようとした時は、大和田先生のことを思い出して怖くなってやめようかと思ったが、私の困っている姿を見ておじいちゃんが傍に来て教えてくれた。困っていたというより不安になっていたのだけれど、おじいちゃんの説明は分かりやすいし、時々冗談も混じっていて面白く、大和田先生のことを気にせず集中することが出来た。
「おじいちゃんありがとう! これでもう月曜の授業はばっちりだよ!」
「そうかそうか。孫の役に立ててじいちゃんも嬉しいよ」
 おじいちゃんはにこりと笑ってお茶を口に運んだ。ごくりとはっきり聞こえる音を立てながら飲み干すと、朗らかな表情で言った。
「……美紀ちゃん。中学生はね、色んなことに悩む年頃なんだ。みんなそう。学校のこと、将来のこと、恋愛なんかもそうだ。こう見えても、じいちゃんが美紀ちゃんと同じ中学生くらいの時も、頭を抱えるぐらいいつも色々と悩んでたよ。悩んでる時はつらい。でも――今となっちゃ、あの時何をそんなに悩んでいたのかなんて、まるっきり忘れてしまったよ。だから、そんなもんなんだ。
 人間ってのは、悩むから成長するんだ。悩むことで世間を知り、自分自身を知り、人生を知る。エジソンだって、悩まなきゃ発明なんて出来なかったはずだ」
作品名:先輩 作家名:みこと