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第1章 初恋



 1

 私は、誰かを本気で好きになったことがなかった。
 元々引っ込み思案なタイプで、いつも学校が終わったらすぐに家に帰っていた。だから、毎日放課後まで学校に残っている人の気持ちが理解できなかった。学校は勉強する場所。授業が終わったのに何故残るの? 学校に残って勉強をするのなら偉いと思うけど、ほとんどの人は遊んでいたり、友達とずっと話しているだけだ。
 ――別に話したければ、学校じゃなくてもどこでもいいと思うのに。
 だけど、そういう気持ちも最近は不思議に思わなくなった。中学生になって、部活に入ったからというのもあるのだろう。
 私は、今年の四月から中学二年生になった。
 二年生になってクラスや校舎は変わるが、通う学校自体は変わらないので、生徒は顔見知りばかりだし、慣れない制服を着ながらわくわくしていた入学式のような感動もなかった。
 久々に――といっても二週間もたっていないのだが――歩く通学路は、坂がないだけまだいいが、平坦な道がひたすら続くので退屈だった。
 1年生になったばかりの頃は、歩きながら本を読んでいたが、歩いている間に何度も電柱にぶつかったり、毎回といっていいほど車にひかれかけたりしたので、すぐにやめた。
 私の家から学校までは、片道およそ二十分。友達はみんな方向が逆だったり、学校から家が近かったりするので、行きも帰りもいつも一人で通っている。
 学校へと続く道に、新入生を歓迎するかのように桜の花が咲いていても、桜の木は小学校に入学した時から毎年見ているので、流石に見飽きていて何も感じなかった。むしろ、どうせ雨が降ったらすぐ散っちゃうんだから、だとか、その後花びらを掃除するのが大変だなぁ、等と乙女心のないことばかりを考えてしまう。
 通学路の関係で、私は正門ではなく裏門から入るようにしている。正門に比べて裏門から入る生徒は少ないし、挨拶をするためだけに、朝からはりきって生徒を迎える教師たちは正門の前にしか立っていないため、朝からそんな大声を耳に入れたくない生徒からは、羨ましがられることが多い。とはいえ、裏門は教師もいなければ、そこから入る生徒の数も少ないため、少し寂しくなる時もある。
 あいかわらず――この学校は古くて汚かった。
 学年ごとに分かれて建てられた三つの校舎は、長い年月を経て幽霊が出てもおかしくないぐらいに古びている。とはいえ、たったの二週間で新しく建て直され、まぶしく輝くぐらいにキレイになっていた方がおかしいけれど。
 そんなことを考えながら、二年校舎の下駄箱の前に来たあたりで、「みーちゃぁん!」と、どこにいても聞こえそうなぐらい周波数の高い声が、背後から聞こえた。
 振り返ると、三十メートルぐらい先から、全速力で走る小柄な少女が見えた。
 少女は近くまで来てもそのスピードを緩めることなく、私に向かって一直線に走ってきた。そして私の元に着いたと同時に、思い切りぶつかるように抱きついた。
 まるで猪のように――と言い表したいところだが、その少女は小柄なうえに、全速力といっても彼女にしては速いというだけで、一般的な女子中学生の五十メートル走の記録と比べると、七秒ぐらい差がつくような速度だ。かなり速いのではない。かなり遅いのである。
 私は少し後ろにのけ反るくらいで、彼女を受け止めた。彼女のおかげで、一瞬にして私は周りの生徒から注目を浴びてしまった。
「みーちゃん! おはよ! おはよおはよおはよ! やっと会えたね! 何年ぶりの再会かな?」
「あー。たしか――四十年振りだよね」
 実際はもちろん、二週間振りである。
「うわぁ! そしたらみーちゃん、おばぁちゃんだよ! みーばぁちゃんだ! それじゃあみーばぁちゃん、お小遣いちょうだい。最低一万円。最高はいくらでも! あはは!」
 何故婆ちゃんイコールお小遣いをくれる、になるのだろうか。そもそも私が婆さんになっているのなら、同い年である彼女も婆さんになっているはずである。現在の彼女の容姿からは、歳をとって老けた姿はとても想像できないけれど……。
 彼女は私と同じく今年から2年生で、桃瀬 林檎という。名前にふたつの果物がある人なんて、彼女ぐらいなんじゃないか、と初めて会ったときは思った。
 林檎という名前をつけるなんて、親はそんなにりんごが好物だったのだろうか。いや、たしか「椎名林檎の大ファンなんダヨうちのダディは」と、本人が言っていた気がする。しかしよく考えると、私たちが生まれた年に、椎名林檎はまだデビューしていないと思う。
 彼女がそう言って名前の由来を誤魔化しているというよりは、彼女自身がそのことに気付いていないように思える。きっと誤魔化しているのは親の方のはず。罪な親だ。
 ところが、彼女は自分の名前を相当気に入っているらしい。何故なら、彼女の持ち物には、何かしら果物のりんごが関連しているのである。
 例にあげると、筆入れ、鉛筆、消しゴム、ノート、お箸や弁当箱などには、どれもりんごのマークや柄がある。教科書にも、自分の名前の横にりんごのシールを貼っている。普段着でTシャツを着ていた時は、かならずリンゴのデザインがプリントされていた。さらに、転んでスカートがめくれた時(彼女はよく転ぶ)や、着替えている時に見えた下着もりんご柄だった。飼っている猫の名前も「アップル」というらしい。
 漫画やドラマの登場人物に自分の名前が出てくると、少し嬉しい時がある。それぐらいならまだ分かるが、ここまでくるととんでもない自意識過剰か、単なるナルシストである。猫にまで、和訳すれば自分と同じ名前をつけるのは、さすがにどうかと思う。
 といっても、彼女は「林檎」という名前がぴったりなくらいかわいい。
 小学三年生が、中学生に憧れて制服を着ているんじゃないか、と思うくらい小柄な体系をしている。前髪は切りそろえられ、長い髪が自然に綺麗なストレートになっていて、癖毛が目立つ私にとってはちょっと羨ましい。
 性格も、子供っぽいという言葉以外に当てはまらない。転べば大泣きするし、お菓子をあげればとても喜ぶ。真剣な顔をして考えている時もあるが、そういう時は今朝見た夢を必死に思い出していたり、りんごのシールの貼る位置を考えていたりと、「この子は本当に中学生なのか」と、本気で心配になってしまうぐらい幼い。
 しかしさすがにこの歳にもなると、林檎のようないつまでも幼い考えの子は、まわりから軽蔑されてしまう。ぶりっこや勘違い女と思われるらしい。彼女はそれを気にしていないのか、それとも気付いていないのか、表面上は平気そうに見える。もしかしたら、林檎というちょっと変わった名前だから、小学校の頃からそういう風に見られることは度々あって、もう慣れてしまっているのかもしれない。
 女子は数人でグループを作って、そのグループのメンバーとしか話さなかったり、親しくしなかったりする。そして他のグループの愚痴を裏で言い合ったり、軽蔑したりする。そういったことが相手のグループに知れ渡ったりすると、表面上は何もないが、裏ではまるで激しい銃撃戦をしているかのように、大変なことになる。そんなつまらない争いがしょっちゅうあるのだ。
作品名:先輩 作家名:みこと