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Angel Beats! ~君と~ 日向編

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夏休み編 日向とユイ



俺はあの4日前、海に行かなかった。
ゆりっぺは「なら一緒に行けば問題ないんじゃない?」と言った。しかし、ユイは動けないが為に体温調節が苦手なんだ特に真夏なんかはと説明した。
関根が俺を見てニヨニヨと笑い、肩に手を置いてこう言った。

『頑張れよ、少年』

お前の立場から言えたことではない、と突っ込んだが遊佐も、

『期待してますよ』

一体何を、だ。
俺が一体何をして頑張って期待されるんだ!
まったく、今頃きっと海で泳いでるんだよなーアイツら。藤巻はカナヅチだし、浮き輪でプカプカ浮いていつの間にか寝落ちして沖にでも流されてんのかなー。………あれ、俺、何で知ってるんだ?
ま、いい。大山は…きっとひさ子の水着姿でも見て鼻血出してんじゃないのかなー。あいつスタイル良いしでかいし……あれ、俺大損してる?
女の子の貴重な水着姿を見れてないぞ……。
俺は大きい方が良いかもな。ロマンがあるし。

「ひなっち先輩、今失礼なこと考えてませんでした?」

「え? いやー、ぜんぜん。俺は大きい方が良いだけだ」

「何言ってんですか。ふふふ」

あ、やべ。ついうっかり口滑らせてしもうた。でもユイ笑ってて気づいてないし、よしとするか。

「それっておっぱいのことですか?」

「おう…ってどうして分かった!」

「やっぱり…」

「そ、そりゃあ、なあ、分かってくれるだろう?」

「あたしだって大きくなりたいですよ、ひさ子さんみたいに………あのおっぱいどうなってんですかね…。同年代だと思えない…」

「あーそれ気になるわ」

「ひなっち先輩はスケベなんですね」

「男は誰だっておっぱい大好きなもんさ。なぜかは知らんが」

「で女の子は大きいのに憧れる。人体の不思議ってやつですね」

そして男子はズボンを下げ腰パンにし、女子はスカートを短くしミニスカートにしたがる。どうしてこうも真逆なのだろうか。

「だな」

「私の体も不思議な力で治ったら良いのにね」

「大丈夫、だろ…」

地雷、だったかもしかして。

「…どうしてひなっち先輩は行かなかったんです?」

「どうして? あと何処に?」

「海ですよ、海」

「ん、あ、ああ。そりゃあ」

「私に同情してるからですか?」

俺はその言葉に表情が凍った。
幸いなのはその顔がユイに見えないことだ。車椅子をおしているから。

「ど、同情ってお前なぁー」

「良いんですよ」

いつものおちゃらけた感じの声が不味かったのか、ユイが冷たくなっていた。

「私こんなんですから相手にしないと可哀想ですよね」

普段のユイはこんなことを言う筈が無い。
だって俺らと話している時、楽しそうだからだ。
俺と音無が窓をぶちまけてからほぼ4ヵ月になる、長い付き合いとは言えないが俺にとっては長かった。
そこから俺らは通院するようになって、次第に俺が回数多くなってった。
だから分かる。
こんな冷たいユイは見たことがない。
冷たいのは、性格が冷酷だとか、突き放されたとか、そんなんじゃない。
感覚が、俺の感覚がそんな気がしてる。
悪寒がした。
手が震えた。
押すのを止めた。

「…可哀想じゃない……」

俺はこの時もっと違う言葉を選べたと思った。
だが、どうしようもなかった。
野球の初めての試合前に緊張しているあの感覚に近い。そんな訳じゃないけど、俺が体験したそれに近い。
試合とユイを例えるのはおかしいけど本当に近かった。

「じゃあどうして私に毎日会いに来てくれるんです?」

「そ、それは…」

俺の気持ちは多分見抜かれていて皆そうしてる。
言うべきなのか、言わない方が良いのか、今日まで過ごしてきた関係が崩れそうで怖い。

「言えないんですか?」

そういう建前だが、俺は言えない。
ユイの言っている通り、この気持ちは同情なのかそれともユイが好きだから、どっちか分からない。
あやふやで言ったら絶対にユイを傷付けてしまう。

「違う…」

言ってしまった。

「違うんですか」

「ああ」

違う違わない、だったら違う。
言ってること訳ワカメだが、違う。

「あたし、無理させたくないんです」

「うん?」

「…無理、させたくないんです……」

勇気があったらユイの顔を見れた。ユイの頭が少し下がった。声は震えていた。

「ひなっち先輩やお母さんにも、来てくれる初音ちゃんたちにも」

「……」

無理なんかしていない、そう言いたい。

「あたしこんな風になってお父さん、お母さん別れてったんです」

俺がふと考え、ユイとユイのお母さんにお父さんは居るのか、って聞いたら目を下に向けて言葉が出ない時があった。
あの時の事が今になってもっと痛感した。

「お母さんが動けないあたしの為に頑張って働いてくれて、疲れてるのにあたしの世話をしてくれて」

今にも声が掠れて消えそうな位に弱かった。
それを黙って聴くことしか俺は出来ない。

「最後の望みを賭けてこの病院に居るんです……でも、腕が動く位で、そこからは何も無くて……」

俺らが初めて会ったあの春、その半年前にユイが丁度手が動けるようになったらしい。
ユイのお母さんと二人になった時に聞いた。
泣くほど喜んで、自分で痒い所とか頭が洗える! って瞳孔が開きぎみで目の下に隈がある助手さんと医院長に感謝したらしい。医院長ってそこまで出来るのかって驚いたことがあった。

「このまま、足とか自由に動けたら良いなーって、でも、駄目でした。結局最後まで、死ぬまでお母さんに迷惑を掛けてしまうんだって…」

ユイの言葉1つ1つグサリと刺さっていく。
動ける俺には身体全部が麻痺して日常生活が出来ないなんて考えられなかった。

「死ぬことだって考えました。手しか動かせないから、包丁持てるかなって、でも病院ですからそんな道具ありません。舌でも噛めば良いって噛み切ろうとしたんですが、怖くて切れませんでした」

衝撃的な事実が俺の耳に入った。
ユイってこんなに追い詰められていたのか……。

「どうしようもないですよね…」

「そんなこと、ない」

「何がです」

「お前は居ていいんだ…」

頭がこんがらって口から出るのは自分でもよく分からない。

「どうして、やっぱり同情してるんですね」

「俺は…」

どうしてユイと一緒に過ごしたいんだろう。
どうしてなのか。
もしあの日に音無と野球をしていなかったらコイツとは出会っていない。
どうして俺はあの日に止めた野球をしたがったんだろう。
本能ってヤツなのかもな。
でも、そうしたかったのは、野球をもう一回やりたかったのは事実だ。夢に見た、あの女の子との約束がそうさせたのだろう。
窓を割る、謝りに行ったらそこに女の子が居て、出会いが始まる。どこぞの恋愛少女マンガみたいな展開なんだろうか。
夢の中で女の子がそう望んでいた、俺も望んでいた、いつかまた逢える事を祈って。
その女の子とは、ユイかもしれない。違うかもしれない。でも、

「お前が好きだからだよ、ユイ」

言ってしまった。
鏡を見ていないが、真っ赤だ。
しかも夕日が無情にも代弁してくれている。
ピクリとユイの頭が揺れた。
作品名:Angel Beats! ~君と~ 日向編 作家名:幻影