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空跳ぶカエル
空跳ぶカエル
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わたしは明日、明日のあなたとデートする

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3.高寿



2040年2月17日

「まだできてないのか!やる気がないんなら、もうやめちまえ!」
 オフィスに入るなり怒号が響いた。個人毎にコンパートメントが仕切られているので、誰が怒鳴られているか他のみんなにはわからないはずだが、オフィス内には動揺した空気はない。みな整然と静かに黙々と仕事をしている。いつものことで誰が誰に怒鳴られているか、承知しているからなのだろう。
「谷口、翔平をそう怒鳴りつけるな」
 高寿は怒鳴り声が聞こえる一角に声をかけて社長室(と言っても一番奥にある広めのコンパートメントというだけなのだが)に入った。デスクに荷物を置いてから通路に顔を出して、谷口を手招きで呼び寄せる。
「あいつ、ダメですよ。なんでクビにしないんですか」
 谷口が翔平を怒鳴りつけていたそのままの剣幕でコンパートメントに入ってきた。
「谷口、まずドアを閉めてくれないか?」
 オフィス中に丸聞こえじゃないか。社長室は一応壁が天井まであるし、ドアを閉めればとりあえず「部屋」として最低限の機能は果たしてくれる。それでもこんな大声だとやはり丸聞こえだが。
「南山さん、なんであんな仕事ができないやつを雇ってるんですか」
 手で声を低く、と抑えると少しずつ冷静にはなってきたようだが、まだ口調はかなり激しい。
「谷口、僕は翔平の描く絵が好きだ」
 高寿は静かな口調でゆっくりと谷口に話しかける。
「それに翔平は、確かに仕事が遅いことが多いけど、いざという時の馬力は君も知っているはずだ。彼に窮地を救われたこともあったろ?」
「まあ、確かに『コンタミネーション』の時はやつに助けられましたが・・・」
 谷口も少し冷静になってきたようだ。
「それに僕も、翔平の仕事にムラがあることはわかっている。だから君のセクションには人数を多く配置しているのはわかっているだろう?」
 渋々といった態で谷口が頷く。
「だからなんとか、彼をうまく使ってやってくれないか?」
 谷口は抵抗するように黙って立っていたが、高寿がじっと見つめ続けていると、根負けしたように無言のまま小さく頷いてコンパートメントを出て行った。
 高寿は小さく息を吐き、デスクに無造作に置いてある三枚のタブレットを次々と起動させ、パスワードを打ち込んでいった。
 起動したタブレットを操作し、現在制作中のアニメーション映画の進行状況を確認し、必要なコメントを付けて指示を出す作業に没頭した。

 夕刻、高寿がオフィスを出てホールでエレベーターを待っていると、坂本翔平が近づいてきて、エレベーターの前で高寿と並んで立った。
「社長、いつもご迷惑をかけて申し訳ありません」
 高寿は振り向いて翔平を見た。顔を前に向けたままで俯き加減。明るい、とは言えない顔をしている。彼は顔の左頬から顎にかけてかなり目立つ火傷の跡があり、今は高寿からそれが見える側に立っているので、よけい陰鬱に見える。
 翔平は五年前、高寿が起こしたアニメ制作会社に入ってきた。その時は二十歳だったから、今は二十五歳になるのか。入社面接を受けに来たときは、あまりに幼い雰囲気で思わず履歴書と個人証明カードを何度も確認したものだった。今でもその頃からほとんど歳は取っていない幼さを残しているが、それだけに思い詰めたような表情をすると、何かとても危なっかしく見える。
「俺は翔平が必要だからお前を雇っている。気にするな」
 翔平は無言で頷いたが表情は硬いままだ。
 エレベーターが到着した。二人とも無言で乗り込む。なんとなく気まずい空気を破りたくなった高寿は、頭の中ですばやく移動経路と時間を計算した。
「翔平、ちょっとだけ時間あるか?」
「え。あ、はい。大丈夫です」
「実は今日は人と夕食の約束があって七時に渋谷で待ち合わせてるんだけど、それまでの間でよければ、一杯飲まないか?」

 翔平はビール一杯飲んだだけで顔が真っ赤になってしまった。そういえば彼がアルコールに弱いことを忘れていた。
 新宿のステーションビル内にある小さな居酒屋である。金曜の夕刻というだけあって、席に座れたのが幸運と思われるくらい賑わっている。
「社長。聞きたいことがあるんですが」
 目つきまで座ってきている。態度も心なしか大きくなってきているような。
「なんで僕をこの会社に入れてくれたんですか?僕、この会社を受ける前に六社も落ちてたんです。ここでダメだったらもう諦めようって思ってたんです」
 周囲が騒がしい上に翔平の声が小さいので、耳を近くに寄せないと聞こえない。
「それはお前が良い絵を持ってきたからだ」
 五年前にアニメーターを募集したとき、応募時に題材は自由でイラストを数点提出してもらった。その時に翔平が持ってきたイラストに高寿は目を奪われた。
 それは湖畔に佇む女性を描いた絵だった。色鉛筆で描かれたその絵は、薄暮時なのか全体のトーンが暗いのに、紺色のワンピースを着ていて、まるで保護色のようなモノトーン調の絵になっていた。妙な透明感がある絵だった。
 しかし何より高寿の目を引いたのは、そこに描かれている女性の顔だった。その女性は後ろを向いて立っているのだが、顔だけこちらを振り返っていた。年齢も若いのか熟女なのか見当もつかず、また表情にも乏しいその顔に、強烈に惹かれるものがあった。その絵を見て高寿は「こいつだ」と即座に採用を決めた。採用しただけでなく、最初は自分で描くつもりでいた、当時制作が始まった新作アニメ映画のキャラクターデザインをすべて任せた。社内からは気でも触れたか、という反応をもらったが。
 翔平は仕事の早さに極端にムラがあり、酷いときには一ヶ月経っても一枚の絵も上がらない、ということもあって社内の抵抗は相当なものだったが、仕上がりは期待以上で、そのアニメ映画は大ヒットを記録し、ヒロインはフィギュアが多数発売されたり同人誌でブームを巻き起こしたり、大人気となった。
 高寿はそのヒロインであるエミの造形を見て、ようやく即決で採用を決めた理由を知った。
 似ていたのだ。二十歳の年に四十日間だけ恋人だった愛美に。どこがどうと聞かれると困るのだが、デフォルメされたアニメの絵でありながら、高寿はエミを見て直感的に「これは愛美だ」と感じた。
 そうやって改めて採用を決めた例の絵を思い出すと、当時は気づかなかったが、その絵の女性も愛美にどことなく似ている気がした。
 そのイメージの元を知りたいと前から思っていたのだが、今日はチャンスかもしれない。
「翔平、ちょっと聞いて良いか?」
 高寿は周囲の喧噪に負けないよう、声を張り上げてみた。
「うん?なんすか?」
 いかん、ちゃんと話ができる状態だろうか、これは。こんなに酒に弱いとは。
「あのエミの造形なんだけど。何かモデルがいるの?」
 とろーんとした目つきで天井を見上げる翔平を見るとますます不安になった。遠い目をするとよけい危なっかしく見える。
「あれはですね〜。こんなこと言うとただでさえ危ないやつだと思われてるのに、よけい引かれると思って今まで誰にも言ったことがないんですけど」
「教えてくれよ」
「幽霊です」
「え?」
 やっぱり大丈夫か、こいつ。
「だから幽霊です。僕、幽霊を見たことあるんです」