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空跳ぶカエル
空跳ぶカエル
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わたしは明日、明日のあなたとデートする

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13.愛美



2040年4月12日

 昼過ぎ、私は叡山電車宝ヶ池駅のホームに立っていた。高寿が見つけやすいように紺のワンピースを着て。
 高寿は今日の午後三時から母校の木野美術大学で特別講義をするために、叡山電車に乗ってこの駅を通過するはずだ。大学側が送迎車を用意することは容易に想像できる。私も大学で講義したことは何度かあったが、いずれも大学側が車を用意してくれたから。
 しかし高寿は送迎を辞退して叡山電車で大学に行こうとするだろう、と私は思っていた。まあもし高寿が車を利用したために会えなかったら、また別の手を考えるだけだ。
 ただ、高寿が何時の電車で来るかまでは予想できなかったため、私は昼頃から宝ヶ池駅のホームに立って待っていた。ホームに鞍馬方面行きの電車が入ってくる度、私の心臓は短距離走者のように猛ダッシュを始めた。
 ここに立っていれば高寿の方から見つけてくれるはず、という考えはナイスアイデアだと思ったが、早く見つけてくれないと私の心臓がもたないかも。
 ホームに立って五本目くらいの鞍馬行きの電車が来た。条件反射のように心臓が走り始めたが、さすがに五回目ともなると少し慣れてきたのか、全力疾走のような速さではなくなってきた。
 ホームに滑り込んでくる電車の中をぼんやり見ていると、突然車内の人の群れに不協和音のような乱れが生じるのがわかった。
 この駅で降車する人はそれぞれ近い方のドアへ向かい始めていたが、一人だけ人の波に逆らって車両の後ろの方へ移動している。やがて彼は後方のドアから降りようとする人の波に追いつき、かき分けて追い越しながら後方へ移動している。
 その動きのおかげで、車内の人物の中で彼だけが私との距離をさほど変えず、私には彼の顔がはっきり見えていた。彼からも私の顔がはっきり見えているに違いない。
 私の心臓がお祭りの太鼓のような乱れ打ちを始めた。誰かが早く止めてくれないと私、死んじゃうかも。
 彼の顔には信じられないものを見た、という驚きが満ちている。彼には私はどんな顔に見えているのだろう。
 彼は私と目を合わせたまま車内を移動していた。
 やがて電車が止まった。
 ドアが開いて人々が降りてくる。
 彼は真っ先に降りてきて、私の目の前に立った。

 高寿は呆然とした顔で私の前に立っていた。
 私たちは長い時間、無言で見つめ合っていた。降車した人が私たちをじろじろと凝視しながら、あるいはちらちらと盗み見しながらホームを出て行き、やがて私たち以外には誰もいなくなった。
 五十歳の高寿は、私が大好きな高寿のまま歳を取っていた。
 高寿の目に私はどう映っているのだろう?私は不安を押し殺して笑顔を彼に向けた。
「ひさしぶり、高寿」
 高寿はようやく言葉を発した。
「あの・・えっと・・君はもしかして、僕と昔」
「私の名前、忘れちゃったの?愛美だよ」
「忘れるもんか。愛美・・なんだな?」
 三十年ぶりに高寿から「愛美」と呼ばれた。身体が痺れるのを感じる。
「そうだよ、高寿、へんなの」
 私がそう言うと、高寿は苦笑いをした。
「いや、名前を呼ぶと君が消えてしまいそうな気がして」
「どうしてよ〜。私、幽霊じゃないよ〜」
 高寿はほっとしたような表情になった。
「そうだよな。こんな真昼間から幽霊は出ないよな。でも、どうして?」
 頭が混乱して言葉がなかなか出てこない、という風体だ。
「高寿が会いたいって言ってくれたからだよ」
 私は笑顔を高寿に向けるが、心の中は不安で一杯になった。高寿と私の思いは一致しているのだろうか?
「え?僕が?・・ああ、あれを見てくれたの?」
 私は笑って頷く。やっぱり通じていたんだ。
 高寿が笑顔になった。
「そうか〜、でも、よく僕が言いたいことがわかったね」
 私は思わず吹き出した。
「なに言ってるの。わかりやす過ぎだよ〜」
「あ、あれですぐわかったということは、やっぱりあの宝ヶ池の幽霊は」
 私と高寿がだんだん噛み合っていくのがわかる。
「そう。多分私だよ。私が会ったのは顔にケロイドがある男の子だったけどね」
 高寿は考え込んだ。
「やっぱりそうなのか・・・でも、愛美は幽霊じゃないんだよな?」
「幽霊じゃないけど、その辺は話すと長くなるよ」
「じゃあ、愛美は今度は、いつまでこっちにいるの?」
 ああ、そうか。大事なことをまだ何も説明してなかったな。
「あのね、高寿。私はもう『向こうの世界』からは切り離されてしまって、この世界の住人になったの。だからもう時間も逆向きじゃないし、ずっとこの世界にいるよ」
 今の私は笑顔の中に不安を浮かべているに違いない。高寿の気持ちをさっきから読み取ろうと一生懸命に目を見ているのだけど、高寿の目には混乱と疑問しか見えてこない。無理もない状況だけど。今の私の言葉も、高寿の頭に染み込むまで、少し時間がかかりそうだ。

 ふと高寿が腕時計を見た。顔が曇る。私の不安がまた少し増した。
「これから大学で特別講義の仕事があるんだ。その後も懇談会があって」
「うん」
 それは知ってる。
「もうすぐ次の電車が来る。この電車には乗らないと」
「うん。仕事、行かなくちゃね。私も夜は仕事あるし」
 高寿の目が丸くなった。
「こっちで仕事してるの?」
 私は笑って言う。
「だってこっちの世界の住人になっちゃったんだよ。仕事しないと暮らせないよ」
「そうか・・そうだよな」
 高寿はまだ混乱しているようだ。その目に焦りも加わってくる。
 次の電車がもうすぐ来るようだ。踏切が警報を鳴らし始めた。
 高寿の目の焦りの色が濃くなった。
 突然、高寿は私の肩を両手で掴んだ。
「君に一目惚れした。また会えるよな?」

 一目惚れってどういうこと?
 一瞬、意識がそっちにいってしまったけど、すぐその後の言葉が私の心に響いた。
 ずっと聞きたかった言葉。また高寿と「始める」ことができるんだ。
 そう思った瞬間、私の瞼を涙が乗り越えた。そのまま高寿の胸に顔を預けて涙が流れるままにさせた。懐かしい高寿の匂いがまた涙を呼んだ。
 高寿の腕が私の背中に回された。掌が私の髪を撫でた。何もかもが懐かしく、心地よかった。
「何か悲しいことでもあったの?」
 高寿の少しだけ悪戯っぽい声が聞こえた。
 私は高寿の胸から顔を離し、彼の目を見て笑った。
「違うよ。とっても嬉しいことがあったんだよ」
 電車がホームに滑り込んできた。
「仕事、行きなよ」
 私はそう言って、腕時計のボタンを押して高寿の腕時計にかちんと軽く当てた。
「私のアドレス」
 高寿は自分の腕時計の表示を見て、しみじみと呟いた。
「携帯持ってるんだな。ほんとにこっちの世界の人になったんだな・・」
「何度も言ってるじゃない」
 私は高寿の背中を押した。
 高寿は私を振り返って言った。
「僕は明日の夕方のリニアで東京に帰るんだ。だから、明日、会えるかい?」
 私は笑って頷いた。
「うん。身体が空いたら電話してね」
 高寿が開いたドアから電車に乗り込んだ。
 私は笑いながら高寿に手を振った。
 三十年前と同じ言葉を、まったく違う気持ちで口にした。大きな声で。
「また明日ねっ」