二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」
空跳ぶカエル
空跳ぶカエル
novelistID. 56387
新規ユーザー登録
E-MAIL
PASSWORD
次回から自動でログイン

 

作品詳細に戻る

 

わたしは明日、明日のあなたとデートする

INDEX|35ページ/39ページ|

次のページ前のページ
 

12.愛美



2040年4月10日

「こんばんは。今日もよろしくお願いします」
 私が小料理屋に出勤すると、良江さん(もちろん「あらあら女将」という名前ではない)が、いつもの笑顔で迎えてくれた。
「あらあら。今日はなんだか元気ね。坂本で良いことでもあったの?」
「ええ。坂本ってとても良いところでした。それに思いがけない人にも会えたし、行って良かったです」
「あらあら、思いがけない人って、例のあなたが好きな人?」
 私は笑って首を振る。
「いいえ、違いますよ。でも、同じくらい大事な人です」
「そう。それは良かったわね。じゃあ、今日も頑張ってね。そこのサバの味噌煮の仕込み、お願いね」
「はい」
 そう答えて私はいつもの鍋の前に立った。
 初めてここに来たとき、その美味しさに虜になったサバの味噌煮のレシピを、良江さんは私がここで働き始めてすぐに、惜し気もなく私に教えてくれた。おかげで今では私は、住んでいるアパートの部屋で自分で作れるまでになっていた。
 それどころか良江さんは、同業者にさえ気軽に教えてしまうのだと言う。
 つい二年ほど前も、たまたまここで味噌煮を食べた人が、その美味しさに感激して作り方を教えてください、と言ったそうなのだが、良江さんは二つ返事でいいわよ、って承諾してしまったそうだ。
「それがね、おかしいの。そしたらその人、却って慌てちゃって、『実は僕は同業者なんです。それなら教えられない、って断ってくださってもけっこうです』なんて言うの。妙に律儀な人で笑っちゃった」
 などと気楽に笑う。同業者にそんなに気軽に教えても良いのだろうか。
「それでね、その人、厨房に入ってきて熱心に私が教えるのを聞いていたんだけど、自分で別の鍋で作り始めて、それを他のお客に『食べ比べてみてください。僕の奢りです』って片っ端から出すのよ」
 簡単に教える良江さんも良江さんだけど、その人もずいぶん変わった人だ、と思う。
「そのうちに、その人、そこの棚に頭をぶつけてしまって、上に乗せてた鍋をみんなひっくり返しちゃったのよ」
 この話をするときの良江さんはいつも楽しそうだ。
 でも、この棚って・・
「良江さん、この棚って、やけに高くないですか?」
 私がそう聞くと、良江さんはますます楽しそうな顔になった。
「そうそう。すごく背が高い人だったの。それが『すみません。すみません』って、あの長い身体を折りたたんで謝るのよ。もう私、可笑しくって」
 良江さんが笑いながら、「あらあら、良いのよ」なんて言う姿が目に浮かぶようだ。
「それで最後にその人、『このサバの味噌煮、僕の店で出しても良いですか』なんて聞くのよ。ダメだったら最初から教えるわけないのにねえ」
 そんなことを良江さんはニコニコ笑いながら言うのだ。

 そうそう、良江さんは実は東京の出身なんだって。本人曰く「付け焼刃の京都弁」は観光客らしいお客さんにしか使わないんだって。

 そんなことを思い出しながら、私は味噌煮を作っていた。
 背の高い居酒屋の店主さん。どこの誰だか知らないけど、確かにこの味噌煮にはそれだけの価値があるよ、って共感しながら味見した。
 良江さんが暖簾を出しに出て行った。しばらくするとぼちぼちお客が入ってくる。
「最近、愛美ちゃんのおかげでお客さんが増えたわあ」
 と良江さんが別の鍋を菜箸で混ぜながら言う。
 つい一か月ほど前まで(私の体感時間で)、こんな小さな居酒屋の厨房で働く私の姿なんて、映画のセットの中で以外あり得なかった。実際にはそういう役を演じたこともないのだけど。
 ましてその店の女将が私のおかげで客が増えたと喜んでいる光景なんて、向こうの世界のマスコミがひっくり返るだろうな。早苗さんに見せてあげたいな、とふと思う。
 でも、私には良江さんが喜んでくれることが妙に心地良い。私が出演した映画が観客動員数の記録を更新した、と言って喜ぶ配給会社の社長の顔を見るより断然心地良い、と思う。

 お客さんが何人か入って少し忙しくなってきた頃、店の奥に掛けてあるテレビを見たお客さんの一人が、テレビの方に身を乗り出した。
「お、南山高寿の新作アニメ、来年の夏にやるのか」
 見ると、テレビでは制作発表の様子が映し出されていた。
「ああ、今日の昼間に制作発表があったみたいだよ」
 別の客が付け足した。高寿の顔が映るとドキッとする。
 画面はすぐに新作の予告編になった。私は思わずテレビの前にふらふらと移動した。
「お、愛美ちゃんもファンなの?」
 常連のお客さんが私に尋ねた。私は顔だけお客さんに向けて、大ファンなんです、と言い、画面に集中した。

 最初に薄暗くなった校舎の中を小学生らしい少年が歩くシーンが出てきた。
 不気味な夜の校舎に怯えながら、少年は前後左右を見回しながら歩いている。
 カメラは少年を捉えながら、少年の視線に合わせて左右にパンしている。
 すると一瞬前には何もなかったところに、青い服を着た女が立っていた。それに気づいた少年が怯えて尻餅をつく。女の周囲はぼーっと明るく、しかも女の身体が微妙に透けていて、この女がこの世の存在ではないことを示している。
「あれえ?この幽霊、愛美ちゃんに似てないか?」
 常連のお客さんが声をあげた。言われるまでもなく、これは私だ、と思った。
 画面が女の全身を映した時、画面右下に、「わたしの」という文字が出てきた。

 短いカットがいくつも続いた後に、夜更けの街を歩く青年が画面に出てきた。
 両手をコートのポケットに入れ、俯いて沈んだ表情で歩く青年を真正面から捉えるショットになった直後、青年の背後に再び青い服を着た女が出現した。最初に出てきたシーンと同じように、女の身体の周囲は僅かに明るく、また身体は透けている。
 そして最初と同じように、女は悲しみとも絶望とも愛情とも、何とも捉えようがない、複雑で深い表情をしていた。
 青年が気配を感じて振り返り、女の姿に驚いて後ずさった時、画面の左上に再び文字が出てきた。その文字は、「名を」だった。

 再び短いカットがいくつか入り、今度は池の畔に立つ東屋が出てきた。
 私はハッとした。これは宝ヶ池の東屋?
 東屋の向こうから壮年の男が歩いてくる。
 画面は男の憂いに満ちた表情を映した後、俯いて歩く男の主観視点になった。
 画面は道を映し、男の歩調に合わせて揺れながら手前に流れていたが、一瞬前には何もなかった場所に女の足が映った。
 男が驚いて顔を上げると、再び男の主観視点に画面が切り替わり、東屋に背中を向けて立つ、青い服の女を映した。驚愕に顔を歪ませる男の顔が一瞬カットインした後、女がゆっくりとこちらを振り向いた。
 ちょうど女の横顔が見えるタイミングで、画面中央に「呼んで」という文字が出た。
「これ、しょうえのにょにん(青衣の女人)じゃないか?」
 さっきとは別の常連のお客さんがそう言うのが聞こえた。連れの女性客が、それって何?と聞いた。それに答えて彼は何やら解説をしているようだったが、私にはその声はもう聞こえなかった。
 私は今のシーンを見て頭が真っ白になっていた。