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空跳ぶカエル
空跳ぶカエル
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わたしは明日、明日のあなたとデートする

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7.愛美



?年

 目の前が突然真っ白になった。私は反射的に手で顔を覆ってしゃがみこんだ。一瞬意識が遠のいたが、何とか倒れ込んでしまわずに済んだ。
 時間と共に少しずつ状況が飲み込めてきた。境界線を越えた先はどうやら昼間だったらしい。暗い道から明るい陽光の下に瞬時に切り替わったのだから、気絶してしまわなかったのが不思議なほどだ。
 少しずつ周囲の音も聞こえるようになってきた。すぐ近くには人はいないようだが、けっこう賑やかな場所のようで、遠くの方から大勢の人の声が聞こえる。
 ようやく目を開けることができるようになった。ここは小さな森の中のようだ。森の外に大勢の人が行き来しているのがわかる。家族連れが多いらしく、子供の声も聞こえている。
 それにしても、これまで世界を行き来するとき、時間帯はほぼ同じだったはずで、夜と昼などという極端に時間帯が違うということはなかった。ここが森の中でまだ少し暗い場所だったから良かったが、直射日光に晒されるほど明るい場所だったら、卒倒してしまっていたかもしれない。
 森を出ると大勢の家族連れが行き交う広場だった。広場の向こうにゴリラがいた。
 ここは動物園のようだ。そういえば様子が少し違うがここは来たことがある。京都市動物園ではないだろうか。
 暑い。向こうでは夜ということもあって、ワンピースの上からジャケットを羽織っていたが、これは真夏の暑さだ。とりあえずジャケットは脱いでバッグにねじ込んだが、じりじりと照りつける太陽は少し低く傾いているのに、それでも暑い。
 広場の柱に大きな時計があった。針は三時四〇分を指している。とりあえずどの時代に来たのか調べなければ。
 私は広場を横切り、右に曲がってシマウマやキリンを横目に見ながら動物園の出口を目指した。キリンを見ると少し胸が疼いた。
 三条通に出ると、路面に線路が敷かれているのを見て少し驚いた。京都も昔は路面電車があったんだっけ?河原町方面に歩いていると道路上を橙と緑色のツートンの電車が通っていった。どうも京阪電車らしい。
 三条駅の様子は、二十歳の時に高寿と待ち合わせをしたときとはまったく違っていた。そもそも駅舎やホームが地下ではなく地上にある。さっきから一緒に歩いてきた形の三条通の線路も、京阪三条駅に入っていた。
 私は駅舎に入ってみた。売店の新聞を手にとって日付を探した。
    「一九八三年八月三日(火曜日)」

 本来なら、一九八〇年に繋がっているはずだった。三年もズレている。高寿が生まれる七年前、か。
 別にこれといって当てはないが、もし何事もなければ、私の周期は二十四時間なので、明日の午後三時四〇分頃に「調整」が入ることになる。ということは、今夜はどこかに宿を取らなければ。
 私は駅を出て河原町方面に歩き出した。

 三条大橋は昔(いやいや二七年も未来)よりずいぶん古ぼけていた。車道の車は渋滞していてほとんど動いていない。歩道にも大勢の人がひしめくように歩いていた。
 橋の中央あたりに大きな看板を持った人がいて、通行人に何かチケットのようなものを配っていた。橋の上から鴨川を見下ろせば、変わらない川の流れがあった。
 橋の上は川の流れのためかいくぶん涼しいような気がして、少しの間、私は立ち止まって川を眺めていた。川の流れは変わらないが、よく見れば川岸に組まれているテラスは見あたらなかった。カップルが等間隔で川岸に並んで座っている光景はいつの時代も変わらないようだ。
「あっ、福寿さんですか?」
 突然、声を掛けられた。私は驚いて声の方を振り返った。こちらの世界には知人はいないはずなのだが、職業的な反射で笑顔さえ作っていたように思う。
 そこには少年が立っていた。バッグを持った手首を肩に引っかけている。少年、といっても青年に移行する途中、といった感じだ。高校生だろうか。もちろん私には見覚えがない顔だ。
「やっぱり福寿さんだ。また会いましたね」
 少年は人懐こそうな笑顔で近づいてきた。誰だろう。やっぱり知らない顔だ。
 その瞬間、私はわかった。この少年は私にとっての明日、つまり彼にとっては昨日知り合っているのに違いない。となれば、何とかボロを出さないようにしなければ。幸いそのあたりの「芝居」は職業的にも得意だ。
「あら、ほんとね。君は今日は?」
 彼の名前がわからないので、「君」と呼ぶしかない。
「僕は当然、予備校の夏期講習です」
「そうか。受験生だもんね。志望大学はどのあたりを狙ってるの?」
 その話題は昨日は出ていない、と読んでの話題振り。
「獣医学科を狙ってるんですけど、もう少し頑張らないと難しいみたいで」
 屈託なく笑う。受験時期までには合格レベルまで到達する自信があるのだろう。
「今日は今、帰りなの?」
「ええ、僕は滋賀県の大津が家なんで、これから京阪に乗って帰ります」
「夏期講習は毎日あるの?」
「ですね。八月二十日までなんで、高校最後の夏休みはほとんど予備校通いですね」
「そうかあ。女の子とデートするのも我慢して勉強してるんだね〜」
 すると彼が怪訝な顔をした。しまった、失敗したか。
 しかし、彼がそれ以上詮索することもなかった。
「じゃあ、僕は帰りますんで、また」
 と、軽く頭を下げて、彼は三条駅の方に去っていった。
 これで私が少なくとも「昨日」まではこの世界に留まっていることがわかった。彼から、私たちが初めて会ったのは何日前か聞き出すことができれば良かったのだが、これ以上会話を続けていたら、どんなボロを出すかわかったものではない。
 やっぱり難しいな、と思った。時間が逆向きに流れている者同士がコミュニケーションをとる難しさを今さらのように思い知らされた。
 ふと、このまま毎日「調整」を受けて一日ずつこの世界の過去に進みながら、元の世界にも戻れず、ずっとこの世界で生き続けていくことを想像してぞっとした。誰とも継続的な関係を築けず生きていくことは、そもそも可能かどうかすらわからないほど困難なことだが、もし可能だとしても寂しさでおかしくなってしまう、と思った。
 どこか薄汚れた街の片隅で、気が触れてまともな会話ができなくなってしまった老婆が独り言でぶつぶつ呟いている姿が脳裏に浮かんだ。その独り言が妙によく「未来を当てる」ので、呟いている内容は注意深く常に誰かに聞かれているが、相手はしてくれない、という姿。これは怖い。ぞっとする。
 そうはならないはずだ。「調整」を受けている限りは自分の意志で元の世界に戻ることもできるはずだし、元の世界と切り離されることがあれば、それは「調整」も入らなくなってこちらの世界の時間で生きることになるはずだから。そうは思っても、気が触れた老婆のイメージは私に恐怖を感じさせた。
 三条河原町の交差点を渡ってアーケード街に入ると、急に疲れを感じた。考えてみればこちらに来る前、向こうの世界では深夜十二時頃だったのだ。さっき合わせた腕時計を見るともう六時を回っていた。もうかれこれ二十八時間くらい寝ていないことになる。疲れるはずだ。今日はもうホテルを探して休もう。

 電話の音で目が覚めた。