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あぷりこっと
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novelistID. 55306
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オレンジスピリット

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【序章】

収穫の時期の無い果実がある。夜の闇の中でひっそりと実っている。不倫という名前がついてるそうだ。いつでもどこでも、もぎ取れる。

過去に誓った愛に飽きた人。その人にだけ、その果実を見つけることができるそう。
闇の中で囁き合う声は、男も女も渇いている。

裸体のように露わになった果実を前に、
「愛してる」
を、誰に囁く?「いただきます」のかわりに。

男と女の手が忙しなく交錯している。右手で欲望という名の皮を、左手で世間体というステッカーを、剥いたり貼ったりしていた。

初めは恐る恐るだったかもしれない。だから言葉が少なかった。ヘマをしたくなかったかのかもしれない。

瑞々しい果実で喉を潤す。やがて、「愛してる」とは違ったことを、何か喋りたくなる。

「何もないから」
「誤解だから」

何度、奈月は聞かされたことだろう。

世間体というステッカーを、夫の昌一の左手で次々に貼られていく。

もうボロボロに擦り切れているのに。

甘さに慣れてしまった歯。だらだらと果実を噛み締め、そして虫歯になるの。

愛を誓った筈の、とうに飽きた相手に、虫歯の痛みだけを上手に引き取らせる。相手が望んでなくても構わない。