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走れ! 第七部

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「いい温泉だったね!」
 涼子さんが満足そうに言った。おれもあんな感じのひなびた温泉宿というのは初めてだったし、憧れだったから、本当に満足だったよ。
国道を少し走ると、また街の中を行き、健太伯父さんの家にたどり着いた。いろいろと忘れることもできたし、本当に夢のようなひと時だったな。
 一度、涼子さんに別れを告げて竜平伯父さんの家に戻り、それから少し経ったところで5時になったので、『笑っていいとも』を見ることにした。未だに青森にはフジテレビ系列のテレビ局がない。なので、信じられない話かも知れないのだが、青森にある他の局の系列局が放映権を買って録画放送しているので、青森では『笑っていいとも』は夕方の5時から始まってたんだよ。増刊号は放送されてなかったな。もう随分と前の話だから、誰がテレフォンショッキングに出たとか、どんなコーナーがあったとかは覚えてない。
 番組が終わると、6時を告げるチャイムが鳴り、それに続いて流れる役場からの連絡の放送が終わった頃、健太伯父さんと雪江伯母さんが涼子さんを連れてやって来た。みんなで晩飯を食おうということらしい。涼子さんはおれを見るなり、『笑っていいとも』が5時から始まって驚いたことをおれに話した。
 この日の晩飯は、もしかしたら東村山にある母方の祖父母の家でお盆の時に食う晩飯よりも豪華だったかも知れない。一人住まいだという涼子さんも、こんなに大勢でこんなに豪華な晩飯を食うのも久しぶりだと喜んでたよ。
 晩飯を食ってると、表に1台の車が止まった。どうやら従兄の祐輔兄さんが仕事から帰って来たようだ。祐輔兄さんは弘前の建設会社に勤めており、仕事着のまま帰って来た祐輔兄さんはおれを見ると、
「あれ、ジュン!お前どうしたんだ?」
 と驚いたように言った。おれが青森に来たことを一番驚いていたのは祐輔兄さんかも知れない。祐輔兄さんは一人っ子のおれにとって、実の兄のような存在だよ。ガキの頃は、よく遊んでもらったからな。だけど、おれは内心、涼子さんを祐輔兄さんに取られるんじゃないかって、何だか余計な心配をしてしまった。しかし、
「オヤジ、向こうのご両親が会って欲しいって」
 と、祐輔兄さんが竜平伯父に言った。初めはその話が何の話か分からなかったけれど、だんだん何となく分かって来た。
「兄さん、もしかして……」
「ああ、近いうちにな」
 祐輔兄さんが嬉しそうな表情で言う。生涯独身を貫き通すと言い張っていた祐輔兄さんだけれど、いい人が見つかって家庭を持つことになったんだ。今でも二人の子どもに恵まれて、元気でやってるよ。とにかくおれは安心して飯を食えた。おれも心配事があるとすぐに飯がのどを通らなくなるのは、よく知ってるだろう。それってこの当時からで、これを知るまでは何となく飯がのどをよく通らなかったよ。
 晩飯を終えてみんな帰ったところで、居間でぼんやりとテレビを見るともなしに見ていると、いつの間にか9時になっていた。当時からほとんどテレビを見なかったし、この日の朝も早かったので、そろそろ寝ることにした。それでも何だか眠れなくて、横になってボーッとしていた。何となく立ち上がって窓の外を見てみると、家の前を涼子さんが歩いていた。手にはコンビニのビニール袋を持っている。涼子さんはおれに気づくと、
「線香花火。一緒にやろう!」
 と、ビニール袋を掲げて言った。家の光に照らされた涼子さんの笑顔がまぶしくて、おれはそれに引きつけられるようにして下へ降りて行った。
「眠れなかったから、コンビニまで散歩して来たんだ。迷子にならなくてよかった」
 おれが下りて行くと、涼子さんがビニール袋から線香花火やマッチを取り出しながら言う。そして、何かにハッと気づいたような顔をし、
「寝てたらごめん!」
 と、慌てて言った。
「僕も眠れなかったんです」
 おれが言うと、涼子さんは安心したように微笑んだ。
「はい!」
 涼子さんが線香花火を1本、おれに寄越して、マッチで火をつけた。涼子さんもそのマッチの残り火で線香花火に火をつける。パチパチと音を立てて火花が広がった。
「綺麗だね……」
 涼子さんがつぶやくように言った。2本の線香花火が放つ光が涼子さんの笑顔に反射して、幸せそうな顔が浮かび上がっていた。
「忘れてた。線香花火がこんなに綺麗だったなんて……」
 涼子さんは幸せそうな笑顔で言うと、そのままの表情で、
「いろいろ疲れちゃってさ……」
 と、ポツリと言った。
「だから旅に出たんだ。まだ行ったことのない青森にね……」
 その時、涼子さんが持っていた線香花火の玉が落ちた。まるで、涼子さんの目から涙が落ちたように。おれの線香花火の玉も落ち、辺りが少しだけ暗くなる。二人して、またマッチで線香花火に火をつけた。何となく、どうして疲れているのか訊くのが怖かった。その話を聞くことで、何かおれまで傷つくような気がしてな。ただただ、聞き役に徹していた。涼子さんが3本目の線香花火に火をつけた時、おれの方を向いた。
「でもね、ジュン君に会えてよかった!だって、一人で回ってたら碇ヶ関にも来られなかったし、こうして線香花火をすることもなかった」
 本当に幸せそうな顔で言う涼子さんのその言葉に、ドキドキしてしまって仕方がなかったよ。これから何が起きるんだ?ってな。しかし、涼子さんは話を続け、
「世の中、何が起きるか分からないよね。いろいろ大変だったけれど、でも、こうして振り返ると幸せだったかな」
 と言った。そして、また二人して新しい線香花火に火をつける。
「その時は不幸だと……、不幸の真っ只中にいると感じても、後から振り返った時、あの時は幸せだったなって思うものだから。これが今まで26年間生きて来て分かったこと」
 涼子さんは一気にそう言うと、ニヤリと笑った。
 話しているうちに、線香花火も最後の1本になってしまった。涼子さんはそれをつまんで、
「あげる」
 と、おれに寄越した。
「今は辛くても、いつか必ず幸せになれるから……」
 涼子さんがそう言った時、最後の線香花火が終わった
「ああ、終わっちゃった。眠くなった!」
 と言って、涼子さんが立ち上がった。
「また明日、いろいろお話しよう!」
 涼子さんはそう言って後片付けをすると、手を振って健太伯父さんの家へと戻って行った。涼子さんを見送ると、おれも竜平伯父さんの家に戻り、寝ることにした。床に入る前に、ふとまた窓の外を見た。ここから健太伯父さんの家を見ることができる。その方を見ると、いつも空き部屋だった部屋に点いていた電気がちょうど消えたところだった。きっとその部屋に涼子さんがいて、もう涼子さんも寝るところだったのだろう。
作品名:走れ! 第七部 作家名:ゴメス