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新訳アリとキリギリス~もし世界が秋で終わってしまったら~

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ある荒野に数十匹ものアリと一匹のキリギリスが住んでいた。

ここ最近、雨も降らない為、この荒野は砂漠に近く、アリ達は巣からかなり離れた場所に餌を確保しに行かなければならない。

夏中にはたんまりと餌を集めておき、秋になると冬の寒さを防げる場所を確保する。夏である今 、土が乾き、あまり食物が育たない環境で、餌もだいぶ減り、アリの餌探しは一日のほとんどを費やすものだった。

そんな苦労しているアリ達を尻目に、キリギリスは切り株に座り込んでギターを弾きながら、どんな曲を作ろうかと考えていた。炎天下で汗を流しているアリとは対照的に、葉の日かげの下で 、鼻歌交じりでキリギリスはギターをかき鳴らしている。足元には、朝採ってきたばかりの葉や果物が盛られていた。

「いや〜、暑い中大変だな」
キリギリスはギターを鳴らしながら、陽気に声を掛けた。

しかし、アリ達はキリギリスの姿をチラリと見るも、黙々と作業を続けた。極寒である冬には、今以上に飢えの危険性があり、今働いておかないと食べるものに困るということを、アリ達は知 っていたからだ。
いや、キリギリスも知っていただろう。だが、それ以上に彼は、まだ来ない冬の為に「今」働くのを嫌っていた。せっかくの今だ、毎日を楽しく生きたい、と心底思っているキリギリスに、アリ達の行動を真似る気はなかった。

「そんなに働いて、楽しいのかい?」
キリギリスがさらにそう聞くと、一匹の長老らしきアリが、キリギリスをチラリと見て口を開いた。

「わし達の行為は、楽しいか、楽しくないかではないんじゃ。〝やらなければならない〟ことなんじゃよ。自分の意思とは関係なく、自分が生きていくためにすべきことをただしてるだけでな 」
おっと、と少しよろけた長老アリを、すぐ後ろを歩く若いアリが支えた。

「そういうことだ」長老アリを後ろから両手で支えたまま、若いアリが呟いた。

「君には分からないだろうけど」

「ああ、分からないね」
退屈そうにため息をついたキリギリスは、ギターを見つめて言った。

「確かに蓄えは必要かもしれないけど、どうしてそこまで今を捨てられるんだ? 自分の意思に関係なく生きてたら、生きているって言うのかな。それって、ただ死んでないだけのように思えるけど」

「フン」

若いアリが吐息とも思えるくらいの声を発すると、そのうちどのアリも話すことなく、また流れるように黙々と作業を続け始めた。

秋になり、アリ達は寒さを防げる場所を探し始めた。
地面によってはアリ達の固い顎でも掘ることのできない場所があり、柔らかすぎても掘った先から崩れてしまい、穴の中に埋もれてしまう可能性がある為、分担してちょうどいい硬さの地面を探さなくてはならない。
それも長い時間をかけてしまうと、掘り出すまでの時間が無くなってしまう為、素早い作業が必要となってくる。

一方、キリギリスは夏の間にできた曲が気に入って、ほぼ毎日歌い続けていた。
その為か、キリギリスの声量は大きくなり、広い範囲に響いていて、たまに通りかかるコオロギやムカデ等の昆虫が脚を止めて聞き入ることも少なくなかった。

「観客」ができたことによって、キリギリスの気分も良くなり、より良い曲を作ろう、と奮起した。歌詞は一度で満足することなく何度も書き直し、メロディは曲を聴きに来たコオロギの意見を参考にする等、かなり意欲的に取り組んでいた。

その頃になると、黙々と作業していたアリの数匹も、作業に支障が出ない程度には、キリギリスの演奏を聴いていた。列を作って行進する途中、足でリズムを取るアリも現れ、アリ達の気分転換として丁度いい環境だったのだろう。

しかし、夏にキリギリスと口論した若いアリは、依然として黙々と作業を続けていた。つまらない毎日とはいえ、冬を乗り越えるための作業を、彼は誇りに思っていた。そして、散々遊び呆けていたキリギリスだけでなく、彼の演奏にリズムを取る仲間すら、少し疎ましく感じるほどだった。
またアリの中には、休憩中にキリギリスの曲を口ずさむ者もいて、不快のあまりに制止させたこともあるくらいだ。

苦々しい顔つきをした若いアリは、キリギリスの方を見ることもなく、その日も自分たちの巣に適した場所を黙々と探した。



ある日、強い風が吹き始めた。傍に生えている草花は、ほぼ真横に倒れて茎から折れている。雲行きも怪しく、どす黒い暗雲が不気味さを演出していた。

アリ達はようやく見つけた手頃な巣穴に餌を運び込んでいるところだった。しかし、風が強いせいで、なかなか作業が進まない。餌を持った状態では、飛ばされないように地面にへばり付くことで精いっぱいだった。

「くっ」

中でも若いアリは、他のアリより身長があり、自分の身体を地面と平行に保つのがやっとだった 。少しでも上体を起こすと、風の抵抗でどこまでも飛ばされかねない。

「あと少しで終わるっていうのに」

若いアリは、少しでも風が弱まると、可能な限り自分の足を前へ進めた。持っている荷物も飛ばされないように自然と力が入る。一つの餌を運び込むのに、いくら若いとはいえ、かなりの重労働だった。

キリギリスは幾つもの草を拾っては結い、囲いのような物を作って、風よけとしてその中に閉じこもっていた。何重にも重なった草に覆われていて、見た目より頑丈に作ってある。キリギリスはそんな余裕がある状態で、作曲に没頭していた。

「よし、これでいいだろう。それにしても、外がうるさいな。まだ止まないのか」

ふと、キリギリスが外の様子を伺おうと前のめりになると、膝あたりに冷たい感触があった。足元を見ると、わずかだが、水が外から染み出しているところだった。

雨か、と思ってキリギリスが草の分け目から外を見ると、風に入り混じって本当に雨が降っていた。しかし、その雨が尋常ではないくらいの量で、ほぼ真横に降り、風も弱まることなく吹き荒れていた。

「ほとんど嵐じゃないか」

少し焦るも、キリギリスは自分を落ち着かせようとギターの弦に指を掛けるが、じっとしていられず、ギターを置いて外に出てみた。

ほぼ全ての空を覆う暗雲の中では、稲妻が今にも落ちそうに暴れていた。横からの風に、思わず立っていられなくなるほどの暴風が、キリギリスの脇腹に当たり続ける。槍のように降る雨のせいで、逃げる先はどこにもないかのようにさえ感じてしまう。

「ひどいな」

右手で雨を凌ぐようにしながら、キリギリスはあたりを見渡した。

「—だめだ。そっ…じゃ…」

聞き覚えのある声に、キリギリスはそちらを向いた。

そこにはびしょ濡れの状態で、逃げ惑うアリ達を誘導している若いアリがいた。険しい顔で、激しい雨の中を列を作りながら、他のアリ達を前へ前へと誘導していく。

「どこに行くんだ?」
キリギリスが声を掛けると、若いアリは険しい表情のまま、首を横に振った。

「用意していた巣が駄目になった。これから別の場所に行く。長老が、一週間もすれば、ここは大洪水になると言っていたんだ」

「っ、……そうなのか。大変だな」

「何を他人事みたいに言ってるんだ。お前も移動しないと、洪水に飲まれるんだぞ」

キリギリスは首を横に振った。「僕はここに残る」