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For the future !

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一年目夏



夜、遙が東京で借りているマンションの部屋にいると呼び鈴が鳴らされた。
遙は居間から玄関へと向かう。
それから少しして、玄関のドアを開けた。
向こう側に立っていたのは、凛。
「よお」
あたりまえのことながら春に会ったときと変わっていない。
いや、あのころよりいっそう引き締まったか。
その姿を見て、遙は言葉を無くしてしまい、けれども感情の動きを顔には出さないようにして、ほんの少しだけ、うなずいて見せた。
「あがっていいか?」
そう問いかけられたので、今度はしっかりとうなずいた。
凛が敷居を越えてきて、それから、玄関のドアを閉めて鍵をかけチェーンを落とす。
それらの動作がすべて終わるのを待たずに、遙は無表情のまま踵を返して居間へと歩き出した。
「突然押しかけて悪かったな」
背後から凛の声。
「だれか、真琴とか、来てるかと思った」
真琴の名前が出てくるのは高校卒業までの遙と真琴の親しさを知っていたら当然だろう。
毎日のように会っていた近所に住む幼なじみ。
この春からは、進んだ大学は違うが同じ東京に暮らしている。
しかし、スポーツ推薦で大学に進学した遙は水泳中心の生活をしていて、真琴は教育学を専攻していて、それで大学が違えば一緒に通うこともないので、会う機会があまりない。
だから、たまに会う程度だ。
昔の自分たちを知る者にとっては驚きかもしれないが。
仲が悪くなったわけではない。
仲は良好だ。
ただ、密だったものが眼に見えない形でゆっくりと薄れていっているような感じだ。
遙は居間で足を止め、凛を振り返った。
「適当に座れ」
それから冷たいお茶を凛のために持ってこようと思った。
けれども。
そうするまえに。
凛に抱かれていた。
「……会わずに帰ろうって思ってたが、やっぱ、無理だった」
すぐそばから聞こえる凛の声は少しかすれている。
その声が耳に甘く響く。
凛がオーストラリアから日本に一時帰国しているのは本人から聞いていた。
世界を目指している凛は競泳の日本代表選手入りを願っていて、春に行われる日本選手権水泳競技会で国際大会に派遣される資格を得たいと思っている。
その日本選手権水泳競技大会に出場するためには、本人が日本水泳連盟競技者登録をしていて、所属団体も団体登録していて、日本水泳連盟公式・公認の競技会において標準タイムを突破するか同タイムでなければならない。
海外にいる学生や勤務者の場合はその国の公式・公認大会での記録が認められるが、凛は日本の大会に出場することにした。
だが、大会出場のためだけの一時帰国であり、だから、大会が終わったらすぐにオーストラリアにもどると、遙は凛から聞かされていた。
つまり、会わないということ。
会えないということ。
「フリーとバッタの100で派遣標準基準?を突破したぞ」
遙は凛の腕の中で眼を大きくした。
派遣標準基準というのは、国際大会への派遣基準となるタイムで、世界ランキングをもとに設定され、派遣標準基準?は国際大会八位以内、派遣標準記録?は国際大会十六位以内のタイムである。
ただし、現時点での設定タイムの有効期限は来年三月末までで、それ以降については今年の十月に新たに設定されるため、今回、凛が出場した大会での記録では日本選手権水泳競技会への参加は認められても国際大会への派遣は認められない。
しかし、国際大会十六位以内のタイムを突破したのだから、素晴らしいことには変わりない。
「……おめでとう」
そんな言葉がいつもまにか口から出ていた。
「ああ。おまえはインカレだな」
九月の初旬に三日間にわたって日本学生選手権水泳競技大会が開催される。
その大会に遙も出場する。
「そこで日本選手権出場決めろよ」
凛は言う。
「それで、日本選手権のフリーの100の決勝で一緒に泳ごう」
遙はなにも言わなかった。
だが、心の中でうなずいていた。
泳ぎたい、と思う。
凛と一緒に泳ぎたい、と強く思う。
「じゃあ、次に会うのは日本選手権の会場だな」
「……凛、おまえ、年末年始に帰省しないつもりなのか?」
「あ、いや、帰る」
「なら、次は年末年始だろう」
「ああ、そうだったな」
冷静な遙の指摘を受けて、凛は軽く笑う。
それから、しばらく会話が途切れた。
凛もなにも喋らなくて。
けれども。
「……本当に会いたかったんだぜ」
凛が切なげな声で言う。
「会いたくて会いたくて、たまらなかった」
その腕の力が強まったのを感じる。
ぎゅうっと抱きしめられる。
「会わずには、いられなかった」
日本の大会に出場するためにオーストラリアから一時帰国しても会わないつもりなのは、知っていた。
それでも、遙は今日は水泳部の練習を休んだ。
自分でもバカげたことをしているとは思ったが、どうしてもそうしたかった。
来て、ほしかった。
だから、本当にやってきて、ドアを開けた向こう側にその姿を見たときは、胸が震えた。
凛は小学校を卒業するとオーストラリア留学して、帰国したのは高校二年の春だ。
中学一年の冬に一日だけ会ったが、それ以外は高校二年の春に再会するまで会っていない。
それを思えば一年二年会わないぐらいどうということはないと思っていた。
でも、実際は違っていた。
あのころとは関係が変わったせいだろう。
こうして凛に抱きしめられていると、自分の中に温かくて大切なものが満ちていくのを感じる。
会いたくて会いたくて、たまらなかった。
ついさっき、凛はそう言った。
「俺も、だ」
本当は言いたくなかったけれど、それでは凛に伝わらないかもしれないから、遙は言った。










作品名:For the future ! 作家名:hujio