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凌霄花 《第四章 身をつくしても…》

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〈04〉 逆転



 早苗は湯飲みを助三郎に差し出した。

「茶か?」

「良い匂いでしょ?」

「ああ。寝る前にはちょうどいいな」

「覚めないうちに飲みましょ」

 夫が口を付けたのを見届けると、早苗は期待を込めて、飲み干した。
途端、身体がカッと熱くなったかと思うと、目眩がして目の前が暗くなった。





 早苗は畳に手をついていた。
そして、その手に目を見張った。
 あろうことか、それは女の手ではなく、紛れもない格之進の物。
 慌ててあちこち確認すると、身体だけ変わって着物はそのまま。
それは体調不良の時に起こりやすい現象。
 しかしなぜ今なのか。

「美帆!? なんで!?」

 同じく身体に合わない男物の着物を身にまとった女が、早苗を睨んでいた。

「秘薬盛ったの?」

 早苗が格之進に変わった一方で、助三郎は美帆になっていた。

「そんなことして誰が得する!?」

「……じゃあ、あたしたち一体なに飲んだの?」

 早苗は俯いたまま答えなかった。
助三郎は、早苗の肩にそっと手を置いた。

「怒らないから、話して」

 ボソボソと、早苗は正直に打ち明けた。

「義姉上にもらった薬……」

「どんな?」

「夫婦仲改善薬……」

「なんでそんなもの?」

 その途端、早苗は目を逸らした。

「……欲しかったから……」

 あまりに声が小さく、聞き取れなかった。
一体、何が欲しいのかと聞こうと思ったが、はっと気付いた。

「ごめんね、早苗。今晩これから誘うつもりだったの……」

「……良いのか?」

「いいも、何もない。だけど、お互いこれじゃムリでしょ?」

 お互い本当の姿ではない。
子どもは成せない。

「ごめん……」

「謝らなくて良いから、早く元に戻ることを考えないと」

 二人はすぐに解毒剤を飲んだ。
しかし、待て度も暮らせど戻らなかった。

「……本当に、ただの夫婦仲改善薬だった?」
 
「だと思うが…… あ!」

 早苗は言い終わらないうちに台所へ走った。

「なに探してるの?」

「説明書! この辺にあったはず!」

 しかし、必死で探すも見つからず。
助三郎は小さなため息をついた。

「もう遅いから、明日にしましょ」

 



「格さん。格さん」

 自分を呼ぶ声で目を覚ました。

「……あれ? 美帆?」

「ごめんね。助三郎さまじゃなくて」

 己が男で夫が女だという現実を突きつけられ、格之進は朝っぱらから盛大な溜息をついた。

「一晩寝てもダメだったか……」

「朝から落ち込んでないで、朝ごはん」

「俺そんなに寝過ごしたか!? すまん、すぐ作るから」

 しかし、美帆は笑って言った。

「もうできてる。食べるだけ」

 しかし、格之進は笑わなかった。

「家事炊事は俺がする。お前はなにもするな」

「……なんで?」

「逆転したくない。前みたいに……」





 二人して静かな朝餉を取った後、格之進は義姉宛に文を書いていた。
 そして昼過ぎ、何やら不安げな美帆が彼のもとにやってきた。

「お夏が来たって? 待たせてるのか? 出ればいいのに」

 彼女は美帆の姿も知っている。
なんの問題もない。
 しかし、美帆には問題が有ったようだ。

「だって、知らない男の声もするから…… ねぇ、聞いてるの?」

 不可思議な格之進の様子に、美帆はムッとした。
 
「ねぇ!」

「ごめんごめん。可愛すぎて死ぬかと思った」

「は?」

 すぐに真顔に戻った格之進。

「あっ…… いや、なんでもない。俺が出る」





「待たせて申し訳ありません。さ、上がってください」

 客人を役宅に招き入れた。
その場に来ていたのは、早苗の下女であったお夏と、彼女の夫となった男。
そしてお夏の母、お富だった。
 軽く挨拶をすませると、お夏の夫はその場を外した。

「また夕刻、妻を迎えに参ります」


「妻だって。いいねぇ」

 冷やかす主の言葉にお夏は頬を染めたが、彼女には気がかりなことが。
主には世話をし、親身になってくれる下女がもういない。
その上、この場にその主の夫の姿がない。

「……それより、早苗さま、旦那さまは?」

「あー」

 どう言いだそうかと目を泳がせると、お富がたしなめた。
穏やかな表情、声、物腰が余計に怖い。
 
「お嬢さま、旦那さまがいらっしゃらないのはどういう事ですか?」
 
「……お富、お嬢さまはやめてくれ。もう娘じゃないし、今は男だ」

「では、早苗さま。旦那さまと仲直りはきちんとされたのですか?」

「あぁ、まぁ…… それより、結局どうした? お夏のところに行くのか?」

 話をはぐらかした格之進を笑顔で見つめるお富。
背筋に冷たいものが走ったのを格之進は感じていた。
 自分の乳母にも等しかったお夏の母、お富。
自分に従わせることが出来たお夏とは勝手が違った。

「その予定ですが、当分はここで早苗さまのお世話をすることにしました」

「へ?」

「お夏は嫁いでお世話に上がることができません。それに、御実家の奥様にも、佐々木様の奥様にも頼まれました故」

「……大丈夫か? この前倒れたって聞いたが」

「御心配なく。それより、旦那さまはどちらに?」

 また、助三郎の方に話の方向が行ってしまった。

「あぁ……」

「旦那さまにお話があるのですが」

 決して怒らない、その笑顔が怖かった。

「わかった。ちょっと待っててくれ。すぐ連れてくる!」

 格之進は逃げるように部屋を後にし、すぐさま『助三郎』を連れて戻ってきた。

「下ろして! 人前に出たくない! やめろ!」

 抵抗したところを無理やり拉致したと見える。
美帆が格之進の腕の中で顔を真っ赤にして怒っていた。
 ぽかんとする二人に、こうなった経緯を話した。





「どうされるおつもりですか?」

 そう聞くお富に、格之進は書いてあった文を出した。

「義姉上に文を書いた」

「では、明日以降私が藩邸に出しに参ります。それでよろしいですか?」

「あぁ」

 文を懐に入れると、居ずまいを正し、お富は美帆に向いた。

「さて、旦那さま。折り入ってお話しがございます」

 美帆は、嫌々ながら答えた。

「……なんでしょうか?」





 格之進はお夏と共に奥の部屋へと場所を変えた。 

「ごめんな。またこんな姿で……」

 江戸にもどる前に急遽挙げさせた仮祝言。
そこへは男のままで出ていた。
今日も『早苗』に戻って彼女と過ごしたかったが、できない。
 謝る格之進に、お夏は笑顔で言った。

「どちらでも早苗さまですから」

 優しい下女に格之進は心から感謝した。

「今までたくさん迷惑かけた。だからこそ、絶対に幸せになってほしい」

「はい」

「もうひとつ、頼みがある」

「なんでしょう?」

 彼女はもう下女ではない。命令する事は出来ない。
しかし、どうしても一つだけ頼みたいことがあった。

「……俺の友達でいてくれないか?」

 すぐに快い返事がきた。

「よろこんで」

 格之進は、嬉しさのあまりお夏を抱きしめていた。
女同士の姿なら、問題ないのだが……

「お夏。大好きだ……」