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凌霄花 《第四章 身をつくしても…》

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〈02〉 再会



 悪夢から覚めた助三郎の目の前で、クロが尻尾を振っていた。

『早苗さん今日こそ帰って来るよね!?』

「……え?」

『夢に出てきたの! すぐ帰るって!』

 うれしそうなクロ。

 彼には事情を話していない。
 それ故彼はず早苗が帰ってくることを信じ、毎日待ち続けていた。

「……帰って来ると良いな」

 忠犬の頭を撫でていると、由紀が箒を持って部屋へ入って来た。
 彼女は夫の与兵衛に怒鳴られて以来、家出状態。助三郎の役宅に居座っていた。
 炊事、洗濯、なんでも世話をしてくれるのはありがたかったが、少々うるさかった。

「遅刻よ! 早く起きなさい! 早く仕事に行きなさい!」

「今日は昼からだ」

「あら、そう。でも掃除するから早く布団畳んで!」

 言われた通り布団を畳んでいると、彼は大事な事を思い出した。

「今日、朝一で与兵衛さんが来るそうだ」

 掃除を始めた由紀はそれを聞いていったん手は止めたものの、

「あらそう」

 ひどくそっけない返事を返しただけだった。

「いいかげんちゃんと話しあって、帰ったほうがいい。慶ちゃんも……」

「あ、いけない、大事な用事があるんだったわ」

 そう言って彼女は部屋から出て行ってしまった。
 ……箒で掃き集めた埃を残して。

「掃除するなら、最後までやってくれよ。あいつは最後までちゃんとやってくれたのに……」

 同じ女でもこうも違うのか。

『くそ』が付くくらい真面目で几帳面な早苗は、中途半端にしていくことなど決して無かった。
 なんでも丁寧にきちっとやる。
 恋しい彼女を想い、懐からあの櫛を取り出し眺めた。

「早苗…… もうお前はいないのか?」





「さ、早く食べて」

 由紀が作ってくれた朝餉を、彼は無理やり胃の腑に流し込んだ。
一人での朝餉・夕餉は美味くもなんともなかった。
 生きる為に食べてはいたが、日に日に食欲が落ちている事を自覚していた。

 しかし、生きる気力はもう失せている。
 このままいっそ……と思う自分に彼は苦笑した。

「あの世で会えるんならいいんだがな……」

「何バカなこと言ってるの。食べたなら片づけるからかしてちょうだい」

 洗い物をする彼女に助三郎は何度も和解を促したが、結局彼女は無視して出かけてしまった。
 どうしたものかと考えているところへ、与兵衛と彼の息子、慶太郎がやってきた。

「こんにちは。すけにいちゃん」

 礼儀正しく挨拶をする慶太郎ににこやかに返した。

「こんにちは。慶ちゃん」

 与兵衛は挨拶もそこそこに、不安げな様子で当たりを見わたした。

「……由紀は?」

「……申し訳ありません。引き止めたんですが、出かけてしまいました」

 落胆する与兵衛。
しかし、幼い息子はもっと落ち込んでいた。

「……慶太郎、母上は留守だそうだ」

 母親に長らく会えていない。
その寂しさか、彼は目に涙をいっぱいためながら、小さくうなずいた。

「はい……」

 その哀れな姿を見かねたのか、クロがとことこやって来て頬を舐めた。
 くすぐったかったのか、慶太郎は涙を拭って笑顔を見せた。

「クロ、慶ちゃんと遊んでやってくれ」

 一人と一匹は一緒に庭へと出かけて行った。





 助三郎は客間に与兵衛を通し、茶を勧めた。
ほっと一息ついた様子の彼に、借りていたある本を差し出した。

「これ、ありがとうございました」

「こっちはお役に立ちましたか?」

 一冊目をぱらぱらとめくり、そう聞く与兵衛。助三郎は力無く笑った。

「後悔する事ばかりです。もっと早く与兵衛さんにいろいろ教えてもらえばよかった……」

「後悔ではなく、反省してください。早苗さんが戻られたら、もっと教えてあげますよ」

「はい」

 少し明るくなった彼の顔を見て、与兵衛は二冊目を手にした。

「やはり、こちらは要らなかったですよね……」

「あ…… いや…… ひょっとして、もしかして、万が一の時に…… いちおう勉強にはなりました……」

「……こちらも必要があれば、お教えしますから」

「あ、はい…… よろしくお願いします……」

 二人の間を静かな時が流れた。


「そうだ、与兵衛さん。早く由紀と仲直りしないと……」

 そっちの方が大事だと、助三郎は膝を打った。

「はい。その為に来たのですが……」

「どうしてあんなに怒鳴ったんです? 由紀さんでなくても、あんなに感情をむき出しにする与兵衛さん初めて見たんで驚きました」

「申し訳ない。助さんにまで……」

 与兵衛は黙ってしまった。
言いたくないことがあるのだろう。
 そう思った助三郎は詮索しないことに決めた。
 しかし、しばらくの後、与平衛は口を開いた。

「実は、昔、仕事と色恋沙汰を混同し、取り返しのつかない事をしました……」

「そうでしたか……」

 初めて聞く話だった。
俯き加減で話す彼に耳を傾けた。

「……自分の命より大事だった人を、自分のせいで失いました」

 助三郎は驚いた。
彼は今の自分と似たような経験をしている。

「……その大事な方を失った辛さを、どうやって乗り越えたのですか?」

 与兵衛は寂しげにほほ笑んだ。

「実は、乗り越えていません…… まだ、その人が心に居ます…… 気を抜くと、思い出してしまって……」

 返す言葉が見つからなかった。
妻の由紀を大事にし、授かった子供も可愛がっている。
 にもかかわらず、彼の中には別の人が居る。
 助三郎の考えを察した与兵衛は、力無く笑った。

「助さんには理解できないでしょうね…… 早苗さん一筋ですから……」

「あの、そのこと、由紀さんには?」

「結婚前に正直に打ち明けようと思っていましたが、理解されなかったらどうしようかと迷い迷って…… 未だに言えていません。このままいくと、一生無理かもしれません……」

「そう、ですか……」





 この二人の会話を、由紀が隠れて聞いていた。





 その日の午後、助三郎は出仕した。
藩主、綱條と面会の予定だった。
 例の密命の件は先日報告済み。
今日はきっと昔話でもするのかと、彼はあまり気張らずやってきていた。

「佐々木助三郎、只今参りました」

「おお。来た来た。これで久々に二人揃ったな」

 その言葉ではっとした助三郎。
 顔を勢いよく上げた。
 そしてそ言葉を失った。

 格之進がその場に居た。

「暫く表向きの仕事はせんで良い。あちらの仕事に励んでくれ。そして、渥美は諸々の理由で表向きは二月謹慎にする。佐々木、お前も表向きは渥美の監視だ。よいな?」

「はっ」

「久しぶりじゃ。仲良くせよ」

 そう声をかけた藩主に頭を下げた。
己の複雑な心境など誰もわかりはしない。
 助三郎は苦しかった。
 しかし、現実と向き合わねばならない。

 殿様がその場を去ると、彼は立ちあがり一言。

「……ついて来い」

 そして役宅に着くまで、振り返りもしなければ、声もかけなかった。

「そっちの部屋空いてるから使え」

 玄関に入るなり、そうぶっきらぼうに言った。
すると、相手は不安げな声で聞いた。