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ヤマト航海日誌

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2015.7.12 独断専行第三次攻撃



今日の更新は『筋トレマシン』と『隊長ならば』の間に『フェアリーダー』という節を挿入するものでした。すみませんがちょっと戻って読んでください。
 
さて、また休みをいただく前に辻政信について語っていこうという趣向の第三弾だ。何しろこいつに関しては、一度や二度じゃとても語り尽くせないんでね。

辻政信という男について、おれはまったく知らないというわけでもなかった。昭和の戦争に関する本を読んでると、なんかチラホラ『辻政信の独断専行』という言葉が出て来るのだ。なんだろこれ、と気になっていたんだが、しかしどうもよくわからない。

いわゆる〈ぬえ〉なんである。〈大東亜戦争史〉のありとあらゆる重要な局面に影を落としているのだが、その実体がよく見えない。どんな本でもこいつについては妙に記述が曖昧になって、まるで要領を得なくなる。

言っておくけど、おれは別に戦記マニアってわけじゃない。そんなもんになりたいと思ったこともない。ガキの頃に『宇宙戦艦ヤマト』から〈太平洋戦争〉に興味を持って貝塚ひろしの『ゼロ戦行進曲』なんてマンガを読んで(いやもう、あれは好きだった! 『永遠のなんとか』なんかよりあれを映画にしてほしいぜ)、で、たまーに図書館で戦争の本を手に取りパラパラめくるくらいのもんだ。

それだけでまず借りなんかしませんよ。で、めくるとちょいちょい出てくんだよね。〈辻政信の独断専行〉――なんだそりゃ? 気になるからそのまわりを読んでみるけどわからない。

だいたい戦争の本なんて、どれもこれもが『〇〇派はこう言ってるがそれは嘘だ』なんて記述の羅列だから一冊だけ見てまるごと信じちゃいけないわけだが、辻政信に関してはどの著者のどの本でもどうにも文章が煮え切らない。どうも書くやつ書くやつみんな、『こいつのことはなるべく触れずに済ませたい』とでも考えて、論じるのを避けているかのような感じが行間から窺える。

辻政信って一体なんだよ? なんか相当にヤバそうだけど、しかし何がそんなにヤバいの? おれにとって辻政信は謎の存在なのだった。

だからと言って突っ込んで追ってみようとも思わずきていたのだが、まさかねえ。〈スタンレー〉にいてくれるとは思わなかったね。向こうの方からおれの前にそのカッチョいい姿を見せてくれるとは。

すげえ! こいつ、ホントすげえよ! 『潜行三千里』についてはちょっと近くの図書館になく、まだ読んでいないんですが、しかし『ノモンハン秘史』ってのがありました。借り出して読んでみるけどなかなかどうして、正直言って、頭のネジが外れてるやつが書いたもんとしか思えない。

この本は長い間に形を変えていくつもの出版社から出ているらしく、おれが図書館で見つけたのは2009年に〈毎日ワンズ〉って会社が出したもんだけど、なんと第一刷が出た翌日にもう二刷目が刷られてるんだぜ! すっげえ! 行方知れずになって五十年にもなる人なのに! どんな電波野郎がこれを買い求めるんだろう。これは絶対、青空文庫になんか入るはずないな。あと五十年、値段を付けて売られ続けるに違いない。

この素晴らしい本の中身をここでちょっと紹介しよう。第一章でわれらが辻政信(当時は少佐)がソ連との緊張の地に赴くと、連隊からいきなりシカトを食らってしまう。


   *


「連隊付の某中佐が『辻という参謀は何を仕出かすかわからない。あんな男に兵隊をつけてやると巻き添え喰うから知らん顔をしとれ』と言って、関東軍からの電報を黙殺し、掩護兵一名さえも出さない」
 とのことであった。


   *


ウヒャヒャヒャヒャヒャ! こう言われても一向に気にせず、「よし、それなら結構だ。かえって五月蝿くなくてよい」と紛争地帯に単身突っ込み、周囲のすべてを巻き添えにしてやりたい放題尽くすのだった。で、そのままオサラバである。まったくとんでもねえ野郎だ。

こんなおもしろい人なのに、歴史家から鬼っ子扱いされている。まあ、鬼っ子なんだけど、なんかなあ。最初はホントに『2199』の古代みたいなただの人間のクズかと思ったが、決してそれだけの人間ではなかった気がおれにはするのはなぜなんだろう。

歴史のほとんどありとあらゆる派の本で、『辻政信イコール鬼子、それだけ知れば充分』と書かれてそれでおしまいの人物。なんか、誰かに似てんだよなあ。いや、古代じゃなくってだよ。

アカデミックな視点に立てば、辻政信は〈鬼子〉のひとことで片付けて終わり。一般にはだからあんまり知られていない。だが本当にただそれだけの人間を、たとえ限られた者であっても熱烈に支持するなんてことがあるんだろうか。

『辻の責任を問うことなく特に重要である戦地に送り続けた上の者達は一体何を考えていたのか』、などとアカデミストは言う。そんなの聞いて『まさしく』とわかった顔をするのは簡単なことだけど、しかしおれはその気になれない。

中央はきっとこいつの無茶ぶりと悪運の強さが国を救ってくれると信じ、一縷の望みにすがって辻を使い続けたんじゃないか。あいにくそれは全部裏目に出たわけだが、しかしこの暴れ馬の手綱を握れる者がいたら――。

あるいはだね、もしこいつが陸軍じゃなく海軍で、空母〈赤城〉の艦首に立ってイルカに「おーい」と叫んでる〈フェアリーダー〉だったとしよう。真珠湾でみっつ階級が上である南雲に噛み付くようにして、


「第三次をやらんとはどういうことでありますかッ。足りませんッ、まだ全然足りませんッ」

「えーそうかな。ワタシャ充分と思うけど」

「三次どころかヨンゴーロクナナハチ次攻撃とやるべきですッ」

「いや辻君、いくらなんでも」

「空母はッ。空母はどうしたのですッ。空母を殺らねばなんの意味もありませんッ」

「いないもんはしょうがないでしょ。遂行不能な作戦は遂行不能だよ」

「そんなことはありませんッ。偵察機をお貸しくださいッ。ワタシが必ず見つけてきますッ」

「『ますッ』ってそんな……あー行っちゃった。止めるヒマもねえや。空母なんて簡単に見つかるわけないじゃないか……って機を出しちゃってるよ。あんな下駄履き複葉で何ができる気でいるんだか。なのに手ー振っちゃって、あいつはただ後ろに乗ってるだけじゃないか……あーあ飛んでっちゃった。あれってオレが行かせたことになってんのかな」

「おそらくそうではないかと……甲板でどうもみんなが叫んでますね。『辻中佐に続くぞーッ、艦爆隊は第三次だーッ、艦攻隊は空母だーッ、必ず海のどこかにいるぞーッ』と」

「ううん……」


ひょっとしてあの戦争は日本が勝っていたのじゃないか……そんなことをおれは考えてしまうのである。



作品名:ヤマト航海日誌 作家名:島田信之