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短編集『ホッとする話』

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 同じ年の冬、花守は相棒のぶちをリーダーとして犬ぞりを引いて敷香から南、落帆に向かった。ここには南極探検を共にしたもう一人のアイヌ、山辺がいる。花守はどうしても山辺に会いたかった。南極に立ったアイヌは花守と山辺の二人だけだ。アイヌの運命を拓くために共に南を目指した朋友だからこそ話したいことがある。二人が背負ったあまりに重い運命と南極探検はまだ終わっていなかった。


 山辺の住む落帆は、花守の故郷である敷香よりも近代化が進んでいて日本式の家も建っており、アイヌの中に和人も生活している。この集落の中でも一番大きい建物は学校で、村にいるアイヌに質問をすると、山辺がアイヌの子孫のために自らの命をかけてこの学校を建てたことを聞いて、
「花守よ、アイヌを救うのは慈善でも善政でもない。教育なのだ」
という言葉を開南丸で度々語っていたことを思い出し、花守は変わらずアイヌのために努力を続ける朋友がさらに恋しくなった。

 山辺のチセは学校のすぐそばにあり、花守はそりを止めて口笛を吹いた。すると程なくして窓から背丈は六尺はあろうかという男がこちらを向いているのが見えた、山辺だ。山辺は花守が寒い樺太を遠路遙々自分を訪ねてここまで来たことを知って飛び出るように戸外に出てきた。
「シシラトカ!」
「ヤヨマネクフ!」
 二人は涙を流して抱き合って再会を喜びあった。

 二人の積もった話は雪のように高く、辺りが暗くなっているのも気付かなかったほど続いた。 
「あれから隊長とはお会いになっていないのか?」
「ああ、一度も。しかし新聞社の者から聞いた話だが白瀬隊長は先の探検で大きな借金を抱え、再び返済のため日本だけでなく、朝鮮や満州にまで公演に行脚しているそうだ」
「そうか……」
字の読めない花守は内地の状況を把握できていなかったので、山辺の知らせに肩を落とした。探検隊の運営について何も知らなかった花守は、いつの日か再び南極へ行って置き去りにした家族たちを救いに行こうと思っていたが、それが不可能であることがわかったからだ。
 薄々感じていたが仲間から突きつけられた厳しすぎる現実。花守は涙を拭うことなくその現実を受け止めた。
「どうしてもやっておきたいことがあるのだが、聞いてくれないだろうか?」
「花守よ、私も言おうと思っていたのだ」
 二人は多くを語らなかったが、明日の早朝、天気が悪くなければ早速発とうではないかと決めると、この日は二人ともいつのまにか眠っていた――。