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短編集『ホッとする話』

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  〜南極、そして樺太へ〜

 南緯80度05分、西経156度37分

 明治45(1912)年1月、南極点を目指し旅立った白瀬 矗(しらせ のぶ)中尉率いる五人の探検隊は見渡すかぎり雪と空しかない、ブリザードが容赦なく吹き付けるこの大雪原に日章旗を掲げ、ここを「大和雪原(ゆきはら)」と命名した。
 食料も足らず、二台のそりを曳く犬たちも限界に近い。これ以上進めば待つのは死あるのみ、そう判断した隊長は涙を流してここを探検の最終地点とし、
「死は努力の終局であるが責任の終局にあらず。ここで死なば国家的恥辱となりえん」
そう判断し、開南丸が接岸しているロス棚氷に向けそりを滑らせることを決めた。

「トウトウ(進め)!」
 犬係の山辺安之助と花守信吉はアイヌ語で家族のように接してきた犬たちに檄を飛ばし、北に進路を取りそりを進めた。2台の犬ぞりは8日かけて到達した雪原283キロメートルを3日で折り返し、ロス棚氷にたどり着いた。

***

 待機中の木造の機帆船「開南丸」はボートを降ろし、帰還してきた五人の救助に全力を尽くした。烈風と流氷に阻まれて救助は難航し、隊員を救助するのがやっとで、開南丸自身も流氷に取り囲まれ脱出すら困難な状況に陥った。
 一刻の猶予も許されない中、隊員は全て救助できたのだが、探検を共にした26頭の犬のうち6頭を救助したところで更なる流氷が開南丸を襲う。寒さに耐え続け弱りきった犬係の隊員は力と涙を振り絞って救助の続行を哀願するも人命と引き換えることはできず、残る20頭を残したまま氷の大地を離れざるを得なくなった。
 氷の上から船の方を向いて遠吠えを続け我々を追い掛けて来る犬たちを正視できる隊員は誰一人おらず、犬係の隊員だけでなく乗組員全てが涙を流さないではおれず、正に腕と脚をもがれるような思いで船を北へと進めた。

 列強に負けじと日本人が初めて挑んだ南極点。結果は到達することはできなかったが、南緯80度を越す極限の地域までたどり着けたのは22隊中わずか4隊のみで、かつ一人の死者を出すことなく帰還したことは快挙といえる。
 それは国威発揚、列強に追い付かんとする当時の日本国本位の話だ。身を切る思いで置き去りにされた20頭の犬たちは故郷である樺太に帰ることはできなかっただけでなく、今後の活動における大きな宿題を日本の歴史とともに南極に残してきた――。