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眼を開けても闇が広がっている。夜だ。
いつもは寝つきのいいハルカだが、寝具に身を横たえていても眠れない。
これまでのあいだに、もう充分眠ったせいだろう。
数日まえ、雨がひどく降った。夏のあいだは雨はほとんど降らないのだが、冬になった今、雨の降る日が増え、一度に降る量も多くなっている。
その翌日、また雨が降り出しそうな空の下へと出かけた途中、増水して勢いよく流れている川で幼い少年がおぼれているのを見つけた。
あの日は、朝、目覚めたときから体調の悪さを感じていたものの、たいしたことはないだろうと判断し、いつもの無表情で家族にさえ体調の悪さを見せずにいた。
幼い少年が流されてくる、あっというまにハルカの横を通り過ぎていきそうな勢いだった。
ハルカにしてもまだ子供だと言われる年齢で、体調の悪さも気になった。
だが、あのとき、とっさに周りを見渡してみても近くに助けを求められるようなひとはいなかった。
幼い少年が流されていく先に、助けてくれそうなだれかがいるかもしれない。
けれども、それまでのあいだに幼い少年は溺れ死んでしまうかもしれない。
迷っている暇はない。そうハルカは思った。それに自分は泳ぐのが得意だ。身体をきたえてもいる。
ハルカは川の中に入っていった。
流れが急な川を泳いで幼い少年へと近づき、その身体をつかまえた。
ハルカが川の中に入るまえに見た少年の身体より、川の中でつかまえた少年の身体のほうが大きく感じた。
少年の衣服が水を吸っているせいもあるのだろう、そのぐったりとした身体は予想していたよりも重かった。
この身体を抱えて、動きがある程度制限される状態で、しかも体調が悪くて、流れが急な川を横断するようにして川岸まで泳げるのだろうか。
ハルカは不安になった。
正直、自分は無謀なことをしているとも思った。
しかし、おびえていても、どうにもならない。
自分が泳いで、川岸まで行かなければ、助からない。幼い少年の命も、そして自分の命も。
ハルカは自分の胸のうちから強引に不安を消し去って、泳いだ。
だが、思うように泳げなかった。体力がどんどん奪われていくのを感じた。
それでも、泳げ、泳げ、と自分に言い聞かせて、必死に泳いだ。
どのぐらいまで泳いだときだっただろうか、ハル、と名を呼ばれた気がした。
声が聞こえてきたほう、川岸のほうに眼をやると、視界にマコトとリンの姿が入ってきた。彼らはハルカの名を何度も呼びながら駆けてきて、川の中へと入ってきた。
ハルカは泳ぎ続けた。あともう少し泳げば、助かる。でも、マコトとリンが来てくれようとしているとはいえ、今、泳ぐのをやめてしまえば流されていってしまうだろう。そう思い、残っている体力を振り絞るようにして、泳いだ。
マコトとリンがすぐそばまで来た。
もう大丈夫だ。
そう思った途端、安心したせいか、それとも体力の限界だったのか、ハルカの意識は飛んでいった。
意識を取りもどしたとき、ハルカは自分の部屋の寝具に身を横たえていた。体調は非常に悪かった。
看病をしに来た母からいろいろと聞いた。
ハルカはマコトとリンに助けられ、家まで運ばれたこと。しばらくハルカは安静にしていければいけないこと。幼い少年は、マコトとリンに川岸まで運ばれたあとに少年を捜していた母親が駆けつけてきたので、母親に渡したこと。幼い少年の母親がハルカの家を訪ねてきて息子を助けてくれたと感謝したこと。
そういえば、マコトやリンやナギサも何度か家に来たらしい。
ハルカが寝ている部屋に通されることはなかったが、彼らが来たことは母から聞いた。
そして、今、ハルカの体調は良くなっている。
家族もそれは認めているが、それでももう一日ぐらい安静にしていたほうがいいと言い、ハルカはそれに従って寝ていた。
だから、夜なのに眠れない。頭が冴えている。
でも、そのうち眠くなってくるだろう。そう信じて、ハルカはまぶたを閉じた。
それから少しして、まだ眠くなっていないころ、部屋の窓が遠慮がちに小さく叩かれる音がした。
ハルカはまぶたを開けた。
直後。
「ハル」
ひそやかに名を呼ぶ声が聞こえてきた。
リンの声だ。
ハルカは驚いた。
だって、自分の部屋は二階にあるのだ。それなのにリンの声は部屋の窓の近くから聞こえてくる。抑えた声で、家の外から声を張りあげてハルカを呼んでいるのとは明らかに違う。
寝具から身体を起こした。
闇の落ちる部屋の中を進み、窓のほうへ近づいていく。
窓のすぐそばで立ち止まった。
そして。
「リン」
ハルカも抑えた声で、名を呼んでみた。
「ハル」
応えるように、やはり抑えた声で、リンが名を呼んだ。
家は石造りだ。リンは積み上げられた石のあいだに指先や足先を入れて、ここまで、のぼってきたのだろう。
ハルカは両開きの窓の、リンの声が聞こえてきたのではない側を押し開けた。リンがいるほうに外開きの窓が開いたら邪魔になるかもしれないと考えたからだ。
家の外から見た場合、窓は壁から少し奥に行ったところにある。
窓枠から壁の外側まで少し距離があり、その石の部分に、リンのものらしき手が置かれた。
その手が動き、やがて、リンの顔も見えた。
ハルカは無表情で問いかける。
「手伝おうか?」
しかし。
「いらねーよっ」
リンは断り、その声で弾みをつけたように、自分の身体を引き上げ、すかさず、窓枠から壁の外側までのあいだの部分に足を乗せた。
あとは楽勝といった様子で、リンは部屋へと入ってくる。
ハルカは無言で踵を返した。
ランプが置かれている場所へ行く。
「学校の帰りに寄ってみたら、もう体調は良くなってるけど完全に治っているか様子を見るために休ませてる、って言われたんだ」
そうリンが軽い調子で話す声を聞きながら、ハルカはランプに明かりをともした。
「だから、来た」
ハルカはリンのほうを向く。
「体調は良くなった。もう、学校にも行けるはずだ」
無表情で淡々と言う。
「学校に行けば、顔を合わせることになる。それなのに、どうして夜に来た?」
「そんなの」
さっきまでとは打って変わって、リンの声は妙に真剣なものになった。
「会いたかったからに決まってるだろ」
ハルカは小首をかしげた。
堂々と家を訪ねてきたら、これまでどおり、ハルカの部屋に通されず、ハルカと会わずに帰ることになっただろう。だから、どうしても会いたければ、皆が寝静まった夜に、こっそりと窓からハルカの部屋に入ってくるしかない。
だが、リンはハルカの体調が良くなっているのを知っていて、近いうちに学校でまた会うことになるのをわかっていたはずである。
それなのに、どうして。
夜に石造りの壁をのぼって、だれかに見られれば不審者扱いされる危険をおかしてまで、やってきたのか。
だいたい、リンは父方の祖父は現在の王という王族だ。リンは王族らしくはないが、それにしても、王族と聞いて想像するものとはかなり異なる行動である。もしかして王族は夜に他人の家の壁をのぼってだれかに会いに行くのが普通なのだろうか?
ハルカが無表情のまま考えていると、リンはおもしろくなさそうな表情になった。
リンはハルカから眼をそらした。
作品名:♯ pre 作家名:hujio