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飛空都市の八月
飛空都市の八月
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あなたと会える、八月に。

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第8章 同い年



◆1

 そのエア・カーは、毎年八月にやって来て、信じられないほど滑らかに、そして静かに止まることを駐車場詰めの若いボーイは知っている。そしてその、大きくて無骨な旧型の車体から降りてくる人物の姿に、毎年のことながら息を呑んでしまう。
 だから今年−−これで六度目となる今日もまた、そのエア・カーが空からこのホテルの発着場に向けて近づいてくるのが見えたとき、一年ぶりの楽しみを見逃すまい、と大きく目を開きながら案内板のサインを点灯させた。



 五年前、初めてこのエア・カーを見たとき、駐車場で働く連中が全員その姿に釘付けとなった。すごいクラシック・カーがやって来た! と仲間の一人が叫んだ。もちろんここは、この海岸においてもトップクラスのホテルであり、それなりの客が集まるという自負を彼ら自身持っている。だからエア・カーにしても時折年代物がやって来ては、根っからのエア・カー好きである彼らを密かに喜ばせることだってある。けれどそのエア・カーは、そんな目の肥えた彼らを一気に盛り上がらせてしまうほどの逸品だった。
 だが、彼らの驚きはそれだけに留まらなかった。
 誰がドアを開けに行くかで揉めていたところで、そのドアがすい、と開いてしまった。このようなことは、このホテルのボーイとしては、とても許されないことであり、慌てて押し出されたのが、最も若手の−−早く走ってそこまで行けるから、と後で理由を聞かされた−−彼だった。
 「お迎えが遅くなり、申し訳……」
 彼の言葉は、そこで途切れる。
 「良くてよ」
 そう言って降りてきたのは、蒼く長い髪の−−少女と言ってしまっては失礼かもしれないけれど、そう言いたくなるほどに若い娘だった。きっと自分だけでなく、後ろでこちらを見ている仲間たちだって驚いてしまっているに違いない、と彼は思った。
 ぼぅ、としている間に助手席の方も開いてしまった。失態続きだ。狼狽えながらもそちらを見ると、小柄な老婆が出てきた。
 「ばあや、大丈夫?」
 「ロザリア様……もう少し速度を落として運転なさってくださいな」
 「あら、あなたが乗っていたからあれでも遠慮したつもりよ?」エア・カーからヴァイオリンのケースらしきものを持つとロザリアと呼ばれた彼女は、すい、と彼の方へ視線を向ける。「後の荷物をお願いしますね」
 「は……は、はい!」
 狼狽えが極致に達して、上擦った声で返事してしまった。案の定、彼女はきょとんとした表情で自分を見ている。
 そこでようやく、思い出した。
 ロザリア……ロザリア・デ・カタルヘナ嬢だ!
 コンシュルジュから、それはそれは丁重にお出迎えするよう、きつく言い渡されていたのに!
 彼女についての逸話を、彼も聞いている。彼女の父が去年、ここへ来る前に亡くなったこと、その最期の言葉が、来年、つまり今年の八月もこのホテルを予約することだった、とか。
 コンシュルジュはその話をするとき、必ず目を潤ませる。
 それ以外−−報道番組やその他もろもろ、彼女のことを知る機会は多い。大貴族であるカタルヘナ家の新しい主として、最初の頃は負債も多いし若すぎて頼りないと言われていたような気もするが、最近ではそのようなことはとんと聞かない。もっぱら彼女について報道されることと言えば、立派に家を立て直しつつある、という成功談ばかりだ。
 それにしても……こんなに若くて……綺麗だなんて。
 「元気の良いこと」くす、と彼女が笑う。「よろしくね」
 そう言うと彼女は、ばあやと呼んだ老婆を連れてホテルのフロントへ行ってしまった。後に残された彼が、どっと仲間たちに囲まれ、何を話したのかと矢継ぎ早に質問攻めにあったのは言うまでもない。そしてあまりにも退屈なその内容に皆が呆れ果て、頭を小突かれたのも、今となってはそれなりに良い思い出だ。



 あれから五年、相変わらずその素晴らしい着陸にほれぼれとしながら彼は、件のエア・カーに近づき、ドアを開いた。
 「ようこそ、カタルヘナ様」
 その麗しい家名も、もうとっくに覚えている。
 開いたドアから、まず細い革紐のサンダル、少し光沢のあるコットンのパンツにくるまれた脚が、綺麗に揃えられて出てくる。続いて上半身はノースリーブの、緩やかに彼女の身に添った、柔らかそうなコットンのシャツ。今日は、髪を下ろしているようだ。ヘアバンドでまとめられた頭からロールされた蒼い髪が、彼女の背から腰にかけて一瞬まとわりついたものの、彼女が軽く払うとそれは、するりと離れていく。
 「またお世話になりますね」
 そう言ってこちらを見る蒼い瞳を、今年もまた無事拝めた。ささやかな幸せを噛み締めつつ彼は、荷物を降ろしておきますね、と伝える。
 「よろしくね」
 そう言って彼女は、いつものようにケースに入ったヴァイオリンを持って、フロントへ向かって行く。
 なんて幸せそうな笑顔だろう、と思う。そう、ここへ来るときの彼女は、本当に幸せそうな笑顔でいることが多い。
 その理由とて、彼は知っている。少々面白くはないけれど、こればかりは仕方ない。
 それに今年は。
 ふぅ、と彼はため息をつく。
 そりゃあ……いつかそうなる、とは思っていたけどな。
 そのとき、ふと彼は、エア・カーに乗っているのが彼女一人であることに気づいた。あれから毎年、このエア・カーに乗って彼女は八月にやって来る−−乳母を伴って。乳母はどうやら、彼女がエア・カーを運転することが心配でたまらないらしい。彼からすれば、これほど上手い運転をする人はそうそういないのにと思っているぐらいだが、乳母という立場からすれば、どうであれ心配なことには変わりないのだろう。
 だから助手席に乳母がいないことに彼は、すぐ気づいた。けれどすぐまた思い返す。
 そうだった。
 ばあやさんだって、遠慮するだろう。
 だって、今年は。