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入道雲と白い月

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入道雲と白い月


 とん、ととん、とん、ととん。
 しゃん、しゃん。しゃん、しゃん。
 一定の間隔で刻む、太鼓と鈴の音。
 時折、重々しい人の足音が重なる。
 たん、たん、ぎしり、ぎしり、という音が音楽のように混ざる。
 火の光が照らす舞台。一人の白い服の女性が舞っている。裾がひらひらと火の手に映える。
 舞手の周りでは、無数の動物と人間が、それを見上げていた。
 その姿は、闇を照らす一条の光のようだった。


 眩しい光に目を眇め、雛は布団の中で寝がえりを打った。
 光は強く目覚めを促していたが、まだ起きあがる気配はない。そこに足音が近づいてくる。
「こーら、雛ちゃん、起きなさい。いい天気だよ」
「・・・・・・うー」
 応えるように、もぞもぞと布団が動く。しばらく、うめきとも寝言ともとれる声を発していたが、やがてそれも止まってしまう。
 とたん、ばっと掛け布団が引き剥がされた。
「さあさ、起きな! もう、お天道様もずいぶん高いよ!」
 はがされた布団の下には、青いパジャマの子供が丸まっている。夏だというのに、まるで寒がってでもいるかのように、手足を縮めて眠っていた。
 布団がはがされたことに気付いたのか、閉じていたまぶたが開き、ゆっくりと首を動かし始める。そして傍らに立つ、布団を持った人影を見上げた。
「あー、おはよー・・・・・・おばあちゃん」
「はい、おはよう。さ、早く起きて着替えな。寝なおしちゃ駄目だからね」
「んー・・・・・・」
 青いパジャマの子供雛は、のそのそと身を起こす。布団に座り、ぼんやりと前を見た。
「起きたよー、おばーちゃん」
「よし、いい子だね。よかったよ、お父さんより寝起きがよくて。あんたのお父さんは、いつも起こすのに一苦労だったから」
「そーなんだ」
 うつら、うつらしながらも、どうにか相槌を打つ。その隙に、少女の祖母は、敷布団もはがしにかかった。ころころと転がされるように、雛は畳に追い立てられる。
 半分まぶたが下りた状態のまま、雛はのそのそと身支度を整え始めた。寝汗をかいた服を着替え、洗面所に行き、冷たい水で顔を洗った。幾分か目が覚める。
 板張りの廊下をぺたぺた音を立てながら歩き、開いたふすまの奥にある居間に入る。「こたつの部屋」と呼ばれる畳敷きの部屋に入ると、低いテーブルについていた老人が、新聞から顔を上げ、笑みを浮かべた。
「おはよう、雛ちゃん」
「おはよう。おじいちゃん」
 起き抜けよりもしっかりした声で、雛は言った。
 台所からは、食事を作る音がする。割烹着をつけて背を向けた祖母が立っていた。雛が顔を洗っている間に、布団は片付けてしまったらしい。
ほどなく、食卓に朝食が並ぶ。
『いただきます』
 三人はそろって頭を下げると、朝食を始めた。食事の時にそろってからあいさつ、というのはこの家での約束事だ。
 朝の献立は大体いつも決まっている。ご飯、みそ汁、魚、漬物。他に昨夜の残りのおかずや、卵を焼いたりもする。祖父母は茶碗にお米をよそっているが、雛のみ小さなおにぎりだった。
「雛ちゃん、たくさん食べなくてもいいから、自分でとったものは食べなさいね」
「そうだぞ雛。ちょっとづつでもたくさんの種類食べるようにな」
 祖父母は孫にそう声をかけながら、箸を動かしている。二人の茶碗はもう半分ほどになっているが、雛のおにぎりは、一口二口しか減っていない。今ももぐもぐと口を動かしながら
「はあい」
 とはいうものの、次の料理に手を伸ばすそぶりはなかった。
 雛は食が細い。けれど、彼女の父親である祖父母の息子も食が細かったため、それに慣れている祖父母は、あまり強く食べることを勧めはしなかった。
 多くは食べず速度も遅いものの、食べることは嫌いではないので、出されたものは、一口だけでも一通り食べる。おかげで夏バテすることもなく、元気に休みを満喫していた。
 今、世間は夏休み。
 小学三年生である雛も、長期の休みに入っており、父の実家である山村へ、一人で遊びに来ていた。
 祖父母の家に来るのは初めてではなかったが、今回のように一人で来ることも、一週間を越える長期の滞在も、これまでには無いことだ。
 この雛という少女、食の細さがたたってか、あまり体が丈夫ではない。よく風邪をひき、また罹ると長引く。おかげで風邪の時期など、月の半分を寝て過ごしたこともあったほどだった。それを心配した両親が、空気のいい場所で過ごさせた方がいいだろうと、送りだしたのが、今回の旅行の理由だった。
 そしてもう一つ、ひとりきりで来ることになった理由も、別にある。
「それで、雛ちゃん。父さんから連絡来たのかい? いつ戻るって」
 食事を終えた祖父が、のんびりと祖母の入れたお茶を飲みながら、孫に聞く。雛は、ようやく半分ほどになったおにぎりを、いったん離し、箸を手におかずに取り掛かっていたところだった。少しだけ、妙な癖のついた箸使いで取り上げた漬物を、ばりぼりと頬張り、飲み込むと、祖父をまっすぐに見る。
「父さんからは、ないよ。でも、母さんからは来た。どうも、兄さんとどっちが早いかってことになるみたい。だから、二人そろってからこっちに来て、それから三人で帰ってきたらどうかって」
「へえ。じゃあそうしなさいな。私たちは大歓迎だからね。ねえ、お爺さん」
「そうだな、ばあさん」
 自身と雛の分のお茶を持ってきつつの祖母の言葉に、祖父も頷く。なら、そうしようかな、と雛が呟くと、二人はそろって笑みを見せた。
 雛の父は、夏前に出張で家を離れている。帰りの予定は夏休み前と聞かされていたのだが、七月に入ってから、予定が長引くことが解り、家族の計画が狂ってしまったのである。
父が戻ることを前提に、母と兄は宿泊の予定を組んでいたため、その間、夏休み中の雛は一人家に残されることになってしまった。しかし、小学生を何日も一人にしておくわけにはいかないため、急遽、彼女は一人でこの村へ来ることになったのだった。
父の出張がいつ終わるかは、まだはっきりとしていなかったが、雛は全く気にしていない。母と兄も、それぞれ学校と仕事というやむをえない事情があるため、一人残されたという気にもなっていなかった。
むしろ、初めての一人旅、初めての一人でのお泊りに、わくわくしているほどだった。
「ごちそうさま! ね、ちゃんと食べたから、今日も出かけていいよね? ね?」
 もはやすっかり目は冷めた。手を合わせて食事を終えた雛は、勢いよく身を乗り出し、祖母に言う。祖母は、孫の皿が空になっていることを確認すると、そうだね、と頷く。
「ただし、動けなくなる前に戻ってくるんだよ。あと、疲れたらちゃんと休むこと。おやつにはかき氷があるから、楽しみにしといで」
「うん、やった!」
 雛は目を輝かせて喜ぶと、さっさと食器を下げ、出かける支度にとりかかる。家にいる時からきつく言われている、日焼け止めを顔と手足に塗り、ハンカチ、ちり紙の入ったポシェットを肩にかける。仕上げは祖母に借りた、つばの大きな麦わら帽子。これで準備は万端だった
「いってきますっ」
「気をつけてなー」
 祖父母の声を背に、雛は元気いっぱい出かけて行った。

作品名:入道雲と白い月 作家名:わさび