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風のごとく駆け抜けて

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その日の放課後、晴美と2人で職員室を訪れる。
目的はもちろん駅伝部の顧問の先生に会うためだ。

顧問の名前すら知らなかった私達は、入ってすぐの席に座っていた初老の先生に尋ねることにした。

すると、その先生は立ち上がり、広い職員室をぐるりっと見回した後で、一番奥にいる永野と言う女の先生が顧問であることを教えてくれる。

お礼を言って、奥まで行こうとすると、永野先生は白衣を着ているからすぐに分かると付け加えてくれた。

さすがに3学年で24クラスもある高校だ。
職員室の大きさもかなりの物だった。

私と晴美がいた中学が1学年3クラス合計で9クラスだったので、単純に考えてもその三倍近い人数がいる。

現にこの職員室も中学校の時より四倍近い大きさがありそうだ。

一番奥に行くと、教わった通り白衣を着た先生がいた。
忙しそうにパソコンと睨めっこをしたり、ペラペラと本をめくったりしている。
横にいる晴美を見ると「うん」と合図をして来る。

「あの、お忙しいところすみません。1年6組の澤野聖香と言います」
「同じく1年3組の佐々木晴美です」
「私達、駅伝部に入部したいのですか」
私達の呼びかけに、永野先生が手を止めてこっちを見る。

「よっ。有名人。待ってたぞ」
あきらかに永野先生は私の方を見ていた。

「有名人って私のことでしょうか」
「もちろん。昨年度1500mで県中学ランキング1位。さらには県中学駅伝エース区間の6区で区間賞。トラック、ロードともに名実県ナンバーワン。なのに城華大付属をはじめとするすべての陸上推薦を断り、なぜかこの桂水高校に入学。有名にならない方がおかしいだろ」

「わぁ、やっぱり聖香ってすごいかな」
私の横で晴美が目を輝かせていた。

「おっと、こっちの自己紹介がまだだったな。私は永野綾子。担当教科は2年生の生物と化学。後は仮駅伝部の顧問。まぁ、仮はもう取れそうだけど。それと歳は33歳。あっ、私自分の年齢とか気にしないから」
「33歳。もっと若く見えます」

驚く晴美に、永野先生が机の上にあったチョコレートを笑顔で差し出す。
年齢とか気にしないと言うわりに、若く見られるのは嬉しいらしい。

「それにしても、澤野クラスの人間がこの学校に来てくれるとは思わなかったぞ。これも巡り合わせってやつだな。これから3年間よろしく。で、佐々木の方は中学時代のタイムはどれくらいだ?」

「いえ、私はマネージャー希望です。あの、すでに美術部にも入っていて、掛け持ちになりますが良いですか」
急に話をふられて驚いたのか、あたふたしながら晴美は答える。

「別に私としては問題ないけどな。兼任でもマネージャーがいるのは大助かりだ。ただ、美術部の先生には了承を得とけよ」
永野先生の一言に、晴美はほっと胸をなで下ろす。

「ところで、駅伝部の部室の場所知ってるのか?」
私と晴美はお互いの顔を見て、どちらも知らないと言うことに気付いた。

「自転車置き場の裏に400mトラックのグランドがあるだろ。その100mのスタートライン辺りに立ってるから。行けばすぐに分かると思うぞ」
そう言われて頷くものの、昨日グランドをちょっと見た限り、部室的な建物があったようには思えなかった。

「それと澤野。お前は中学を引退してからまったく走って無いのか」
「まったくと言うわけでは無いですが。限りなくそれに近いですね」
「どこか故障とかしてるのか」
「いいえ。なぜですか」

永野先生がなぜ突然そんなことを聞いてくるのか、理由が分からなかった。

「いや、数々の推薦を断った裏には、何か理由があったのかなと思っただけだ」
なるほど。そう言うことか。
確かに故障で走れないと言う推測にいたっても仕方ないのかもしれない。

「ご心配なく。推薦を断ったのには別の理由があったからです。でも、その問題もすでに解決しました。明日からは駅伝部でしっかり走れますよ」
「そっか。安心したぞ。それにしても、引退して走って無いわりには、あまり無駄な脂肪がないな」

喋り終わった時には、永野先生の右手が思いっきり私の胸を揉んでいた。

一瞬、自分が何をしたか分からなかった。
気付いた時には、近くにあった厚く大きな事典のようなもので永野先生の頭を思いっ切り叩いていた。

「痛い! これ教師に対する暴力だろ!」
頭を押さえながら、永野先生は悲鳴に近い声を上げる。

「先生がいきなり胸を揉むからですよ」
「まぁまぁ、女同士なんだし。それにしても本当に無駄な脂肪がないな。まさにランナー体型だ」

「仕方ないじゃないですか、元々貧乳なんですから! 胸は父親似なんです!」
興奮して思わず大声になってしまう。
それとは正反対に静まり返る職員室。

私は入部届を永野先生の机に置き、晴美の手を引いてものすごい速さで職員室を後にした。