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風のごとく駆け抜けて

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明彩大合宿


「次は明彩大学前、明彩大学前。降り口は右側です」
電車のアナウンスが目的地に着いたことを知らせてくれる。

盆が終わり、私は永野先生に言われた通り、単身大学生との合宿へと向かっていた。

家から新幹線と在来線を乗り継いで2時間半。
もっと時間がかかるかと思っていたが、予想以上に関西は近かった。

永野先生に渡された要項には、駅に降りて北側改札口に行くようにと書かれていた。

改札口に行くと、Tシャツにハーフパンツ姿で陸上用のサングラスを頭にかけた女性が立っている。

「あなたが澤野聖香?」
その女性の質問に「はい」とだけ答えて頷く。

「オッケイ。早速だけど、すぐに出発するわよ。あれに乗って。荷物は後部座席」
女性が指差した先には、ものすごく車高の低い白のRX=7が停まっているのが見えた。

言われた通り荷物を後部座席に入れ、助手席に座る。
それを確認すると同時に、アクセルが思いっきり踏み込まれ、ものすごい速度で車が走り出した。

「そう言えばまだ自己紹介して無かったわね。わたし、牧村里美。聞いていると思うけど、永野とは実業団時代の先輩後輩の仲ね」

ミッションのシフトを華麗にチェンジし、アクセルを踏み込みながら牧村さんが言う。

車高が低いせいだろうか。ものすごくスピードが出ているように思える。
いや、左車線の車を次々に追い抜いている辺り、本当に出ているのだろう。

「永野から色々聞いているわよ。この合宿が終わる頃にはきっと違う世界も見えて来るわ。試合のことも聞いているんでしょ?」
合宿が終わった2日後に記録会があり、これにも参加して来るように言われていた。なんでも明彩大の人達も毎年出ているらしい。

「記録会は気楽に走って。永野からは3000mを走らせておいてくださいとしか聞いてないし」
なるほど。記録に関してはとやかく言わないと言う意味なのだろか。

そんなことを考えていると、車はなぜか高速の料金所へと進んでいく。

「もう他のメンバーは合宿先に向かっているのよ。わたしはあなたを迎えに来たから遅くなったの。すぐに追いついて見せるけどね」

ETCを抜け本線に入ると、牧村さんはさっきまでの速度が徐行に思える程に速度を上げた。

それは不思議な体験だった。
まず、高速を走っている他の車が停まって見える。さ
らには遥か前にいたはずの車が一瞬で目の前にいる。

いったい牧村さんはどれだけの速度で走っているのだろうか。
さっきから、自分が死と隣り合わせにいるような気がしてならない。

「お、見つけた」
言われて前を見ると、バスが2台ほど走っていた。

「うちの部員は総勢で52名だから、移動も大がかりなの」
牧村さんの説明を聞きながら、私は胸をなで下ろす。
先行した他のメンバーに追いついたので、速度も緩むと思ったからだ。

だが、牧村さんはそのままバスを抜き、今までと変わらない速度で走り続ける。

「あの? 抜いちゃうんですか?」
「ええ。ちょっと先に行って合宿所の手続きをしないといけないから。合宿所まであと100キロくらいだし、30分もあれば着くから」
何かが間違ってると思ったが、もうなにも言い返す気力がなかった。

合宿所に着くと、すぐに牧村さんは事務所で打ち合わせを初めてしまった。
1人残された私はロビーで大人しく座っていた。
いや、正確に言うと立っていられなかった。

この合宿所はわりと高地にあり、高速を降りてから山を登って来たのだが、曲がりくねった道を、牧村さんは速度を落とすことなく突っ走った。

おかげで私は体ごと何度も右へ左へと持って行かれてしまった。

まさか帰りもあの車に乗らなければならないのだろうか。
そう考えると、紗耶ではないが一生合宿のままでも良いような気がして来た。

30分も座っていると、気持ちも落ち着いて来たので、ロビーの中を見て回る。

「利用者の足跡」と書かれた一冊のアルバムが目に留まり、何気なくページをめくる。

ふと、あるページで手が停まった。

「もみじ化学陸上部のみなさま」そう書かれたページにはユニホーム姿の女性が15人程写っていた。

世界選手権に出場した水上さん、今日出会ったばかりの牧村さん。
そして、まだ現役だった永野先生も笑顔で写っている。

永野先生の実業団時代を見るのはこれが初めてだと気付く。
前に見た高校駅伝の頃よりも髪の毛が伸びており、薄く茶色に染められていた。

「随分、懐かしい写真を見てるのね」
いきなり後ろから声がして、私はビクッとする。
夢中で写真を見ていたせいで牧村さんに気付かなかった。

「実業団の時に、毎年ここで合宿してたのよ。その名残で大学の監督になっても使わせせてもらっているの。ああ、これ永野が最後に参加した年ね。この年に永野が辞めて、次の年にわたしが辞めたの。永野はすごく明るい子でね。部内ではかなり人気者だったわ。高校生の時にすごい成績を持っていたからね。試合とかでも色んな人が声を掛けて来て……」
牧村さんが懐かしそうに当時を語り始める。
もっと色々な話を聞きたいと思ったが、さっき追い抜いたバスが到着したようだった。