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Lipstick

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Suddenly I See



 リョウ君がバケツの水を砂にかけるとその部分の砂は黒くなって、3人の小さな手がひんやり湿った砂の中に思いきって差しこまれてゆく。少女は砂場の外から3人の様子を見ながら、水に濡れて冷たくなった砂の中を心地よく突き進む指の感触を想像している。
 ポケットの中でギュッと握ったその掌の中には魔法の筒があった。少女はその筒をポケットから出してやると、顔の前に持ってきて眺めてみる。ひっくり返したり、遠くに離したり、両手で持ったりして、いろんなふうにしてみたのだが、それは家で見た時とは違ってただの筒にしか見えなかった。
 少女は不審に思い、キャップを外して中身をクルクルと出してみるが、その赤い色はもう燃えているようには見えず、のっぺりと単調で、それはもう造り物の花びらのように退屈な色に変わってしまっていた。
 少女はもうこの筒に期待するのをやめて、3人の作業を眺めることにした。

 みんなは夢中になって泥団子を作っている。
 両手を砂の中に差しこんで、まず少量の砂山をすくい取ると、両手を合わせて何度もにぎる。湿った砂は硬くまとまり、指の付け根の敏感な部分をくすぐりながら余分な砂がこぼれてゆく。更にくりかえし握りながら少しづつ砂をたしてやると、泥団子も少しづつ大きくなっていく。その地道な作業を何度も繰り返し、やがて手の中にまんまる黒い泥団子の形が整ってくる。
 実は少女はこうやって誰かが泥団子を作っている姿を観察するのはこれが初めてだったのだ。初めて外から観たその様子は、砂場がまるで魔法使いの台所のように見えてしまうくらいに不思議な光景に見えた。

『はい ひろみちゃん あたらしいお団子 できたよ♪

 モエちゃんはできあがったばかりの泥団子を持ってきた。そして手の上に乗せた団子をさしだして見せると、その場でしゃがみこみ、少女の足下の大きな葉っぱの上にちょこんと行儀よく置いてくれた。

『また つくってくるからね

 そう言うとモエちゃんは戻っていって砂の上にべったりと腰を下ろすと、またバケツから手で水をすくって砂にかけだした。
 少女は足下に置かれた、できたての泥団子を見下ろす。目の前の泥団子の黒々としたその色は、どうにも魅力的に映っていた。もっと近くで見たかったのだけれども、しゃがむとスカートの裾が地面に触ってしまう。仕方がないので中腰になって顔を泥団子に近づけた。

 すると少女は、ふと泥団子とあの筒を隣に並べてみようと思いついた。黒々とした泥団子の横にぴかぴかの筒を持っていったら、何かちがった魔法の力が働くかもしれない。この思いつきに夢中になり、ぴかぴかの筒を取り出すと二本の指で挟み、その手を泥団子の横まで伸ばしてみることにした。
 でもスカートが汚れないようにして手を差し出すと、足元がフラフラしてしまい泥団子の横まで手を伸ばす事がどうしてもできない。筒を地面に置いて汚すわけにはいかないので、筒を持つ手を泥団子の方に向っていっぱいに突き出してみた。なんとかそうやったままで泥団子とぴかぴかの筒を交互に見比べ、瞳の中で天秤にかけてみる。

 少女の瞳に黒と金とが交互に映ってユックリと回りだす。
 ふたつの色が点滅すると周りの景色までがキラキラと光って見えてきて、遊園地のメリーゴーランドに乗っているようでますます面白くなってくる。夢中になって見比べていると、スルスルと頭がまわりだして、何がなんだか分からなくなってきて、しまいには眠ってしまいそうになってしまった。
 地面がユラユラしてきたので、少女は慌てて見比べるのをやめた。瞼を何回かしばたたせてから空を見上げてやると、地面の揺れはおさまったのだけれど、もうハートの雲はどこかに行ってしまっていた。

 3人の友達はというと、少女のそんな緊急事態も知らずに何やら愉しそうにお喋りをしながら仲良く泥団子を作っていた。少女は自分ひとりで目がまわって足がフラフラしているのに、それでも友達はせっせと泥団子を作っているのが、どうにもバカバカくてたまらなくなってきた。もうクタクタに疲れてしゃがみたいのに、服を汚して叱られる事を思うとそれもできなくて、なんだか綺麗にしてきた事がつくづく恨めしくなっている。

   きれい にするとはなんて不自由でつまらない事なのだろう!

 もう一度、金色の筒をじっと見つめてみた。それは今でもぴかぴかと光っているけれども、その輝きは今の自分の格好と同じで、それほど意味があるようには感じられない。
 3人はせっせと泥団子を丸め、新しい泥団子ができあがるたびに、それを少女の足下に置いていってくれた。足下の泥団子が並んでいっても少女はそれに手を触れる事もできず、ただ見ているだけで、まるで供え物をされてるお地蔵さんみたいだった。お地蔵さんは少しも不満がなさそうに自分の役割を果たしているのだろうけども、少女がそうするにはまだまだ無理にきまってる。なぜならその小さな胸の中には、あまりにも煌めく希望が充ち溢れているのだから。

「ねえ ワタシ 家に帰って着替えてくるからさ
        それまで みんな ここにいてよねっ

 泥団子を作っていた3人がその声を聞いて顔を上げたとき、少女はすでに公園の入り口を目指して駆けだしていた。そして一度だけ振り返って

「やくそくだからねっ ちゃんとそこにいてねっ
『バァァン!
「うわぁぁぁ

 リョウ君は弓矢を構えるポーズをしてから、狙いをさだめて少女を撃ち抜いた。弓を射る格好は近頃このリョウ君がよくするお気に入りのポーズで、発射する音はなぜだか鉄砲の音マネだった。少女はいつものように大きな声で撃たれてみせると、もう振り返ることなく家へ向かって走っていった。

 モエちゃんは少女が立っていたところに落ちている金色の筒を見つけると、しばらくは不思議そうな顔をして眺めていた。手を洗ってから、その金色の筒を手にとってみた。空にかざしてみる。ぴかぴかの中には公園の景色が映りこんでいる。乙女の瞳の輝きは金色の筒の魅力に吸い込まれていく。

 夢中になって眺めていた。



   〜 おわり 〜

作品名:Lipstick 作家名:夢眠羽羽