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言の寺

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フ カフカな犬



朝目が覚めると
私は「猫」になっていた

昨日までの私は
確かに「犬」だったはずなのだが
朝目が覚めると
私は「猫」になっていた

「猫になった」というのは
身体的にという意味ではない
端的に言って
私のパッドが猫の肉球ぷるぷるになってしまったわけではないし
鼻の下にωな膨らみ(髭袋)が出来たわけでも
全身妙にしなやかな猫独特の柔らか骨格になってしまったわけでもない

私の外観は以前と変わらず柴犬っぽい雑種のままであるのだが
精神は既にしてもう……犬属のそれではない

私の精神はすっかり「猫化」してしまったのだ

私は愕然と赤く巨大な「?」を頭上に浮かべる

「どうして……私は猫になってしまったのだろう?」

あんなに犬だった私
「ザ 日本犬」といった風情だった私
今はもうすっかり猫……

縁側で陽の光を浴び
大きくあくびをしている私

「ああ……なんて心地よいのだろう」

あゝ……なんて退廃的な1日の始まり
犬だった頃の私は
こんなにもルーズに寝そべることなく
きりっと規律正しく起立して
使命感を持って朝を迎えていたはずだ

「この家は私が守る」

番犬――として正式に飼い主から任命を受けたわけではないが
その役割を私に求めている無言の圧は常々感じていた
それが私のプレッシャーであり またプライドであったはずなのだ

「――昨日までの私には」

犬としての家族的役割――その挟持を
私は喪失してしまった
とくに思い当たるきっかけは ない
ただいつもの様に眠り 目覚めただけなのに……

私は小さな悟りを開く

「いつだってどんな生き物だって……突如変身してしまう可能性を秘めているものなのだな」

何が何になるかは問題ではない
どうしてそうなってしまうのかも考えるだけ無駄だ
ともかくも一つの事実として
突然の「変身」というものが
晴天からズドンと落ち身を撃つ落雷の如くに
理不尽かつ理解不能的に
訪れるのだという現実を
私というサンプルから理解していただきたい

「あゝ……現に私は今……こんなにもカツオ節に恋い焦がれている」

犬だった頃には匂いすら嗅ごうともせず
まさに鼻にもかけなかったあの焦げ茶色の物体を
以前ジャーキーに対して感じていた情熱と同じ強さで
私は恋焦がれているのだ

だが悲しいことに

「私が猫になってしまったことを飼い主は気づかないだろう」

さっきから一生懸命「にゃお」と鳴こうとして嗚咽していることにも
パパさんもママさんも無頓着だ
もちろん下のお兄ちゃんもそうだ

「あゝ……誰か気付いてくれ」

もうドッグフードは要らない
私の思考と嗜好はすでに
「ねこまっしぐら」なる至高の境地に至っているのである

*****

「あら?食欲がないみたいね」

ステンの容器にざざざと撒かれてた粒をじっと見据える私の様子に
ママさんが異変を感じる

しかし彼女はいつまでも
私の変身に気がつくことなく
犬用のフードをこの器に蒔くだろう
そうして私はこの後と同じく
違和感と嫌悪感
屈辱と失意をないまぜに
食べたくもないフードを咀嚼する……のだろうな……

「食べないのポチ?」

ポチ?……ああ……その名前は改名してくれ……私は既に猫なのだ

*****

家族が職場に学校へと出かけた後
私は独り縁側に寝そべり
細めた目で密か
塀の上を見つめる
この時間に必ずここを通りすがる
メスの三毛猫の姿を待って……

私は……彼女を心待ちにしている
いや……ハッキリ言おう

「私は彼女に恋……いや発情している」

あのくねくね曲がる腰に
私の股間を押し付けて
猫のそれとは桁違いにサイズ違いの
私の「ゴン太」をぶち込んでやりたい……のです

誤解しないで欲しい

私の変身譚は
決して彼女に対する恋心をトリガーしたものではない

「そんな陳腐な問題ではないのだ」

彼女に発情しているのは結果的現象の一つでしかなく
私が猫になったのは恋とか無意識下の願望とかに関係のない
もっと宿命的必然的
かつある種類神聖なる生命の通過点……

望もうと望むまいと
生は一貫性を保つこと能わずして
変容を遂げてしまう定め

アナタだっていつの朝に

「何か別の生き物の精神になっているやも分からぬのです」

どうかその○月○日の朝を
落ち着いた精神で受け入れてください

そうして元犬今猫の私と
悲しみを共有しましょうではありませんか

「ワタシが以前のワタシでないという事実を……誰にも気付いてもらえないという……」

変身を遂げた我らにしか分かり得ぬ
フ カフカな悲しみを……

作品名:言の寺 作家名:或虎