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赤のミスティンキル

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§ 第三章 “炎の界”へ



(一)

 “炎の界《デ・イグ》”への門が存在するというデュンサアル山。
 麓の町をあとにして“門”に至るまでには相当の道のりがあることを、ミスティンキルは“炎の司”の長老エツェントゥーから聞いていた。
 長達が住む“集いの館”がある山の、その隣にそびえる岩山を登ることおよそ一刻。今度は山を割くようにして断崖が待ちかまえているのだ。底知れぬ奈落を越える手段は二つ。吊り橋を渡るか、翼を用いて飛び越すか、である。この絶壁の向こう側は平原となっており、一本の小径がデュンサアル山へと続いていく。
 デュンサアル山の登坂路をしばらく登ると傾斜が緩やかになり、空き地が広がっているという。そこにそびえる二本の石柱こそが門――次元を越えて“炎の界《デ・イグ》”とアリューザ・ガルドを繋げる唯一の場所なのだという。

 “炎の界《デ・イグ》”へと赴かんとする二人の若者は、最初の内こそ他愛もない話を交わしていたが、山道を登るにつれ空も暗くなり、次第に言葉少なになっていった。とくに、この半日歩きづめのミスティンキルは、少しでも気を抜いたら倒れてしまいそうなほどに疲れ果てていた。
 だというのに、なぜ歩みを止めようとしないのか。先ほどからウィムリーフがさんざん言うように、長に侮辱されたあまり、依怙地になっているせい、なのかもしれない。だが、単にそれだけではないような気もしていた。彼自身把握できていないが、なにかが自分の奥底に触れているような、そんな奇妙な感覚をも覚えているのだ。

 岩山を登りきると、いよいよとっぷりと日は暮れ、山々の黒い輪郭が夜闇の中から浮かび上がってくる。デュンサアル一帯の山々の中にあって、ひときわ存在感を誇示するのは、やはり雄大なデュンサアル山に他ならない。漆黒にそびえるあの山からは、人の住む地域では感じることの出来ないある種独特の雰囲気――自然をも超越した何らかの力が伝わってくるようだ。
 暗闇の中で活発になるのは野生の動物に限ったことではない。自然と共に生き続ける精霊達や、太古から存在し続けてきた闇の力、さらには魔界の眷族すらもうごめくと言われている。黒き神が封印されて長い時が流れたとはいえ、魔族の力が悪ふざけをすることもあるのだ。世界の色すべてが薄れている今、ランプや月のほのかな光だけでは、こういった闇を照らし、消し去るにはあまりにも頼りないというものだ。
 ウィムリーフはランプを地面に置くと、一言二言呪文を唱える。すると彼女の右の掌から小さな光球が浮かび上がり、二人の周囲を煌々と照らし出した。
「へえ。そんな魔法が使えたんだな」
「冒険家としてのたしなみ、かしら。でもあたしが使えるのはいくつもないわ。魔法使いにとっては、こんなものは魔法の初歩みたいなものなんでしょうね。でも、アイバーフィンらしく風の力を使役するほうが、あたしにとってはしっくり来るけどね」
 風の司たる娘は得意げに答えた。例えばあの長のように、人によっては嫌味にも聞こえるような言葉でも、彼女の口から聞くと不思議と気にならない。それはウィムリーフの飾らない性格のせいなのだろう。

「っとっと……」
 ふっと気が抜けてしまったミスティンキルは、足をふらつかせて地面に倒れ込んでしまった。
「ミスト!」
 ウィムリーフが心配そうに顔をのぞき込む。
「へへ。情けねえ。岩山を登りきったから安心しちまったんだろうな。でもまだ道は長いんだから……」
「道は長いんだから、少しここで休んでいきましょう」
 ミスティンキルの言葉を遮ってウィムリーフが言った。
「……徹夜の護衛。昼間から山道を歩きづめ。加えて食事もろくに摂ってない。それじゃあへばって当然よ。……ねえ、少し眠りなさいな。あたしが見張っててあげるから」
 ミスティンキルは意地になって上半身を起こそうとするが、もはや体が言うことを聞こうとしない。
「せめて……もう少しでも先に進みたいんだ……」
「はいはい。ミストの決意が固いのは感心するわ。これだけ頑なな意志をもってすれば、試練だって難なく突破できるかもしれない。けれどもね、意志が強いっていうのと、聞き分けがないっていうのはまた別。それに、ここから平原に行くのに吊り橋を渡らなきゃならないでしょう。そこで今みたいに倒れ込んだら、奈落の底に真っ逆さま、よ。そうなっちゃったら、いくらあたしが翼を持っているといっても助けられないわよ。……おとなしく休みなさい。それともあなたたちには、『“炎の界《デ・イグ》”に行く前には断食して、不眠不休で歩きづめなきゃならない』という掟でもあるっていうの?」
 ミスティンキルは折れた。大の字になって天上の空を見上げる。と、頭が起こされてウィムリーフの膝に乗せられた。
「そう。一刻の間だけでも眠るといいわ。次に鐘が聞こえてきたときに起こしてあげるから」
 言われるままにまぶたを閉じる。ウィムリーフの優しさ、暖かさを感じながら、ミスティンキルは眠りへ落ちていった。

◆◆◆◆

 どこともしれない虚ろな空間。これが夢の産物であることをミスティンキルは自覚しながらも、周囲を包む白い闇に四肢を捕らわれたように、動くことがまるで出来ないでいた。

〔呪われたウォンゼ・パイエめが。貴様などが龍人を名乗る資格などありはせぬぞ!〕
 どこからともなく、罵る声が聞こえてくる。これは“司の長”――あのマイゼークの声か。
「“司の長”たちは、海に住むドゥロームなど同族だと思っていない。……俺もそうさ。ましてお前などに、我らが村長の葬列に居合わせてほしくないものだ」
 今度聞こえてきたのは、デュンサアルに着く前、葬儀に参列していた男の声。
 こんなものは幻聴だ。実際に聞いたことなどない、おれが勝手に思いこんでいるだけだ――そう思っている最中でも、さらにさまざまな罵言が容赦なく頭の中に響いてくる。
 旅商達、酒場に居合わせた者達、波止場の水夫、街道ですれ違った旅人達。かつての旅先でミスティンキルが出会ってきた人々が口々に罵る。“忌まわしい力の持ち主”と嘲笑する。

「黙れ! おれの持っている力が忌まわしいだと?!」
 たまらずミスティンキルは声を張り上げた。すると怒りの感情と共に赤い色が――魔力が顕現した。“司の長”達を襲ったあの時にも似て、それは空間を覆いつくすように膨張していき――ついに雷鳴のような音と共に弾けた。
 途端、それまで激しく飛び交っていたすべての雑言は消え失せ、空間には静寂のみが佇む。

――ほら、見るがいい。お前の持つ力とはかように恐ろしいものなのだよ。
「親父殿?!」
 模糊《もこ》とした空間から浮かび上がってきた姿は他でもない、彼の家族だった。ミスティンキルが避けたくもあり、しかしながらもっとも会いたいと望む人々。
 ミスティンキルの抱く複雑な想いとは裏腹に、父母も兄も一様に、悲しさと恐れを併せ持った表情でミスティンキルを見つめる。少年時代から見慣れていたその表情こそ、彼がもっとも見たくないものであった。だからミスティンキルは家族の眼差しから目を背けようとした。が、全身がこわばっているためにそれすらも出来ない。
作品名:赤のミスティンキル 作家名:大気杜弥