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悠久たる時を往く

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九. 黒き災厄の時代



        冥王ザビュールの降臨と暗黒の支配。イナッシュの勲。


[世界を包む絶望]

 冥王の復活により、アリューザ・ガルドのすべての色は飲まれた。
 色の調和を失った太陽は黒に染まり、寒々しくなった世界からは季節が消え失せた。そのために農作物は枯れ果て、ドゥローム達の操る炎を用いた、新たな栽培法が確立するまでの五年間、飢饉に見舞われたのである。夜空を照らすはずの月は、夜の暗がりの中でも特に暗い色を放つようになり、暗黒の忌まわしさを際だたせた。
 かくしてアリューザ・ガルドは闇の中に閉ざされた。

 暗黒の宙の封印から放たれたザビュールはしかし、アリューザ・ガルドに姿を現すことなく魔界《サビュラヘム》へと姿を消した。冥王といえども、千年以上に渡り幽閉されていたために力は衰えており、本来持つ力を癒すのには相当の時間を要するのだった。
 こうしてザビュール本人は、降臨したとはいえ決してアリューザ・ガルドに姿をみせることなく、タイディアをはじめとした魔族に統治を委ねた。
 禁忌の扉を開けてしまった張本人であるイクリーク王タイディアは、身も心も魔族と化しており、彼は居並ぶかつての臣下に対して、ザビュールの言葉を告げた。

 冥王こそが世界に関わるすべての事象の支配者たることを認識すること。
 冥王を畏れ崇めること。
 禁断の地に生じた亀裂を深く掘り下げ、魔族のための大要塞を建築すること。

 ザビュールはかろうじて人間の生存を認めたが、三箇条に従わぬ者、反逆する者に対しては容赦がなかった。そもそも彼は人間の自主性を認めておらず、神の絶対性の前には人間など矮小な存在の極みであるというのが持論だったのだから。
 タイディアがイクリークの諸卿によって暗殺された折の復讐はあまりに有名である。麗しき王都だったガレン・デュイルは、火山が直下で爆発したかのように一瞬にして吹き飛び、すぐさま襲来した魔の眷族によって地獄絵さながらの大殺戮が行われたのだ。流域のヘイネデュオン河は血のために真っ赤に染まり、見せしめのために杭で貫かれた死体は、廃墟と化したガレン・デュイルを取り囲むほどの数に至った。
 タイディアの後継には天魔《デトゥン・セッツァル》のアルツァルディムが就いた。タイディアを屠ったところで、人間にとって状況が好転することなど無かった。

 世界の守護者であるディトゥア神族にもなすすべが無く、人間は三箇条を受け入れざるを得なくなった。
 こうして人間達にとって三百年にも渡る、絶望の歴史が幕を開けたのである。



[冥王を崇める者]

 人間の中にもザビュールに心底傾倒する者もいた。
 彼らに言わせると、ザビュールの支配が絶望であると感じるのは旧来からの慣習や倫理から抜け出せないためである、という。
 ザビュールが構築しようとしているのは新たなる世界であり、秩序なのだ。人間が感じている苦しみを乗り越え捨て去ってこそ、真の安定――闇という力による安らぎが訪れる、というのが彼らの信条であった。
 秩序と摂理の破棄と再構築という、この常軌を逸した信念はやがて信仰となっていく。神々が人間に近しい位置にいたために、それまでアリューザ・ガルドには宗教という概念が存在しなかったが、ここにはじめて唯一の宗教が――ザビュールを崇める暗黒の信仰が誕生したのだ。

 冥王が封じられて以降、この信仰は固く禁じられているが、今なお世界のいずこかに確実に息づいているのだ。ザビュールの復活を待ち望んで。



[ドゥール・サウベレーンの戦い]

 ザビュールの復活に対して、まず行動を起こしたのは龍《ドゥール・サウベレーン》達であった。平和な世にあっては事物などに関心を示さない龍達であったが、時ここにいたって彼らは魔族を追放すべく攻撃を繰り返した。
 龍達の攻撃により、確かに多くの魔族はうち倒されたが、地の底から際限なく次の魔族が出現していく。龍達の中には魔界を目指して禁断の地の亀裂から深淵へと立ち入る者も現れたが、その多くは二度と大地に帰ることがなかった。
 また、なかには冥王に魅入られ、黒龍《イズディル・シェイン》と化した龍も少なくなかった。イズディル・シェインはかつての同胞に対して戦いを始めた。
 ドゥール・サウベレーンはどうにかしてイズディル・シェインを魔界に追いやったものの、力を使い果たしてしまい、以来龍達は永きに渡る眠りについてしまったのである。彼らは“魔導の時代”の中期に至るまで目覚めることがなかった。



[聖剣の誕生]

 一方でディトゥア神族は、アリュゼル神族の降臨を願い、幾度となく上奏するが、アルグアントに住むアリュゼル神族は動く気配をみせなかった。
 イシールキアはすべてのディトゥアを招集し、冥王に抗う対策を講じた。この会談は魔の者の目をかいくぐるようにして、何度か密やかに行われた。
 結論は、冥王その人をうち倒すほか無かった。この難題を乗り切る唯一の手段こそ、聖剣である。

 ディトゥアの神々の力を一つの拠り所に結集、さらに鍛え抜くことにより超常の力を持つに至る剣、それが聖剣と呼ばれる大いなる力の道具である。しかし鉄や銅などといった自然の鉱物では聖剣を精製できない。
 八本腕を持つ土の世界“テュエン”の王、ルイアートスは、自ら一つの腕を切り落とし、そこに大地の力を注ぎ込んで他にはない鉱物を創り上げた。この鉱物には大地をはじめとした各事象界の守護の力が内包していたほか、絶対の力すなわち光すらも秘めていた。
 神々はルイアートスに力を委ね、この土の王のもとでついに聖剣が誕生した。これこそが冥王を倒しうる唯一の力、“ルイアートスの腕”ガザ・ルイアートである。
 しかしながら超常の存在、聖剣を鍛え抜いたためにルイアートスの力は失われ、ついに彼は魔族に殺されてしまう。
 そんな中、ルイアートスの遺志を継ぎ、彼からガザ・ルイアートを受け取ったのは“宵闇の公子”レオズスであった。



[レオズスの役割]

 レオズスはディトゥア神族のなかでも闇を司る神である。その属性ゆえに、かつての大暗黒紀においてザビュール側につくのではないかと疑念がもたれたのだが、レオズスは結局のところ魔の一族になることはなかった。
 闇を絶対とするザビュールに対して、レオズスは光あってこそ闇が成り立つと考え、あくまでもアリューザ・ガルド世界の現状維持を望んでいるのだ。ザビュールに屈することのない気高い意思により、イシールキアはもとよりアリュゼル神族からの信頼を得るに至った。
 しかしながら、レオズスには大きな制約がある。レオズス本人は、まったき黒き色を宿す冥王その人を倒すことが出来ないということだ。また、光を秘める聖剣も、闇を司るレオズスの手にあっては本来の力を発揮することが出来ないのだ。
(逆に言えば、聖剣の持つ絶対的な力を抑え込むことが出来る唯一の存在がレオズスである、という事である)
 レオズスは、この剣が最大限の力を発揮するのは、人間が聖剣を握るときであることを知った。
作品名:悠久たる時を往く 作家名:大気杜弥