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フェル・アルム刻記

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§ 第六章 意識の彼方にて



一.

 広大な大地があった。それがどこまで続いているのか定かではない。周囲を覆うものは何一つなく、ただうすぼんやりと霧が立ちこめているのみ。空には太陽と呼べるものはなかったが、やけに明るかった。曇り空の向こうがわに陽の光がある、そんな曖昧《あいまい》な感じだ。
 不思議なことに、空は特定の色を持たず、七色に常に移ろい、大地にほのかにその色を映し出していた。時として、極光《オーロラ》のように妖しく揺らめいたりもする。そんな空から時折舞い降りる小石ほどの透明な水晶は、透明感のある音をたてて空中で砕ける。砂粒ほどの大きさの水晶は、煌めきながら大地にゆっくりと落下していった。
 大地そのものも、実のところ一定ではなかった。今まで山があったところに、今度は森が出現し、次には大河が流れる、といった具合で、世界の様相というのは決して留まることなく、常に変化していた。
 〈幻想的〉という言葉は、この空間を説明するためにあるのかもしれないと思わせるほど、現世《うつしよ》とはかけ離れていた。
 もしかすると、時や、場所という明確な概念が存在しないがために、このような不自然な形態を持ち得ているのかもしれない。だが、この世界に住人が存在するというのなら、彼らにとってこの〈不自然〉こそが〈当然〉なのだろう。

* * *

 その〈意識〉は、今まで聞いたこともないような大地にひとりたたずんでいることを認識した。また〈意識〉そのものが、ルード・テルタージ――今までと変わり無い自分のものである、ということも。
 ルードには、ここがフェル・アルムのどこかでも、ライカの住む“アリューザ・ガルド”でもないことが、何となく分かっていた。
 ルードは自分の身体を触って確かめた。姿かたちこそ旅を続けていた時と同じだが、肌の感触はどこか異質であった。
(ここは……死後の世界? 伝承とかに出てくる、“幽想の界《サダノス》”とか言われるところなのか?)
 次にルードは、自分の最期を思い起こした。自分の負った傷のことより、なるべくルードを安心させようと努めていたハーン。ライカは――自分の軽率な行動を泣きながら悔いていた。しかしライカの働きがなければ、ハーンはまちがいなく疾風にとどめを刺されていたろうし、そのあとで自分達も殺されていた、ということは想像に難くない。
(後悔の気持ちはないさ。だって、ライカを守れたんだから……けど、もう一度彼女に会いたい!)
 ひとりぼっち。ライカや、ハーンはもちろん、ケルンやシャンピオ達友人、村の人々も。この空間に人がいるという気配がまったく無い。
「どうしようかなぁ……」
 ルードがそんなふうに弱気にひとりごちた時。

「……誰?」
「え!?」
 艶のある、大人びた女性の声が背後から聞こえた。ルードは、はっとなって振り向いた。ルードのいるところから十ラクほど離れたところにその女《ひと》は腰掛けていた。
(ライカ?)
 彼女の銀色の髪は、一瞬ライカを連想させた。むろんライカがいるはずもない。よく見れば、腰掛けている彼女の髪は白銀に輝いている。ライカの髪は紫銀だった。何より、あどけなさの残るライカとは違い、大人の女性の顔立ちをしていた。美女、という形容が似合う。
 落ち着いた茶色の服を着た彼女は腰掛けていた。
 しかし、どこに?
 椅子のようなものは座している位置には見あたらないのだ。ルードが訝しがると、突如、周囲の様相はめまぐるしく移り変わりはじめた。
 山、森、海――空間は音もなく瞬時に転移し、多様に変化する。やがて変化はゆっくりとある方向性をとりはじめた。



作品名:フェル・アルム刻記 作家名:大気杜弥