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郷田三郎(G3)
郷田三郎(G3)
novelistID. 29622
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ともだち

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あまりにも眠れなかったので中学校のプールに忍び込んだ。
 中学校は町の外れにあって周りは工場などが多い地区だから夜中になると人通りは殆ど無い。目的のプールは柵の上にステンレスの有刺鉄線が三重に張られていたけれども、一箇所だけ切断した後に軽く引っ掛けてある部分があって簡単に外す事が出来た。
 夏休みに入っていたけれども、水泳部が毎日使っているので、浄化装置が効いていて水はキレイだ。僕は着ていたTシャツを脱いで水に飛び込んだ。家から履いてきた水着はもちろん学校指定の物ではなくて、そのまま町を歩いても気づかれない様な丈がヒザまであるダッポリとしたものだ。
 夜のせいだろうか。水が冷たく感じる。
 時々行く公営プールなどは小学生が夜店のスーパーボール掬いの様にひしめき合い、水がぬるく濁っていてガキ供の小便の中を漂っている様な気になる。それに比べれば多少、塩素臭がきついものの満月の光が射す中学校のプールは透明度が高く静寂で清潔な気がした。

 周到に用意したゴグルを着けて水底に仰向けに沈むと月の光がゆらゆらと揺らめいて、吐き出した気泡が螺旋を描いて水面に上って行くのをキラキラを輝かせる。
 僕はそのままカエルの様に足を動かして水底に背中を掏りながらスタート台の方に移動した。そしてゆっくりと頭を出して深く呼吸をする。

 六月に入ってから、苛めの標的が僕に代わった。それまで標的だったヤツが学校に来なくなったからだ。前任のヤツが虐めにあっている時、何故コイツは苛められるのかと少し考えた事が有ったけど結局解らなかった。そして自分が標的になってみて、何故自分がこんな目にあうのかと深く考えてみたけどやはりさっぱり解らない。
 結局、明確な理由なんて無いのだろう。中学校の教室には虐めを受けるニンゲンが必要で、多数決で一番票が集まったモノがニンゲンから格下げになるのだ。
 とは言え、それはまだ始まったばかりなので、夏休みが終わった時にあっさり風向きが変る事だってあるかも知れない。もちろんエスカレートする可能性の方がうんと高い……。
 僕はそんな事を考えながら明るいプールの水の中を潜水で往復する。

 水泳は得意だった。今は辞めてしまったけど小学六年までスイミング・クラブに通っていたのだ。そうだ、水泳の時間に虐めの首謀者を溺れさせるというのも良いかも知れない。首謀者は運動神経は良いものの、水泳の時間に見た限りでは泳ぎは得意では無い様だった。

 そんな事を考えながら水中を漂っていると、視界の端を何かが横切った様な気がした。

 僕は慌てて水から顔を出して水面を見回した。殆ど波も立っていない水面を確認した後に、深く息を吸い込んでまた沈む。
 くるりと見回してみたけど、何も見えない。庇の影の部分は真っ暗なので、そこが怪しいかと、一旦プールサイドに上がってそちらに行って見た。
 錯覚だったのだろうか。僕は気を取り直してもう一度水に入る。
 今度は得意のクロールで泳いでみた。但し、出来るだけ音は立てないようにした。足は水の中だけで動かし、水面は叩かないように。抜き手も差し手も飛沫を上げないようにすると、スピードは出ないけどすべる様に滑らかに泳げているなと思い、気持ちが良かった。

 すると突然、背中を叩かれた。僕は驚いて少し水を飲んでしまった。
 水の中に立つと、きっちりと学校していのスイミング・キャップを被った男子が笑顔を向けていた。
「ねぇ、君泳ぐの上手いね。僕、土田和人。君は?」その男子は言い、手を差し出してきた。
「僕は田中」気が進まなかったけど僕はその手を握り返した。握った手はお互いに水の温度になっていたので、他人の手を握っている様な気がしなかった。
「ねえ君さ、僕に泳ぎを教えてよ。夏休みが終わるまでに泳ぎが上手くなりたいんだ」土田和人は僕の手を離さなかった。うんと言わないと手を離さない様な気がして僕は仕方なく頷いた。
「僕ねもぐりは得意なの。でも、普通に泳ごうとすると進まないんだ。ほら」と言って土田君は水に潜るとイルカの様に移動してプールの端から顔を出した。そして、水面を平泳ぎの様なモノで戻って来ようとすると、確かに、不恰好な手足の動きは全然様になっていなくて、辛うじて移動しているのが判る程度のものだった。
 僕は平泳ぎで近づいて行って土田君の肩を叩いた。
「土田君ホントに下手だね」僕はその時心から同情していた。「平泳ぎで良ければ教えるよ。たぶん、今よりはマシになると思う」僕より十センチは背が低い土田君は、それで良いよ、と嬉しそうに頷いた。

 土田君は少し教えただけでコツを掴んだ様だった。あれだけ潜水ができるならこれぐらいは出来てあたり前という気がした。どうやら呼吸をしようとすると手足がバラバラになるらしい。
 僕は呼吸なんかしなくても良いんだと教えてあげた。僕は潜水したまま二五メートルのプールを一往復半できる。土田君だって五〇メートルくらいは楽に出来そうだ。それなら呼吸なんてしなくたって大丈夫だ。僕は二五メートルを無呼吸で泳げるようになってから顔を上げるタイミングを教えてあげた。土田君はあっさりと出来るようになった。ついでにクロールも教えるとこれもすぐに出来るようになった。もしかして僕は担がれているのかと疑った程だった。

 僕は一人で練習をする土田君から離れて一人で泳いでいた。すると突然、土田君が泳いでいる僕の下に現れた。仰向けの体勢で潜水しているのだ。僕は驚いてまた少し水を飲んでしまった。
「何だよ! びっくりさせるなよ」僕は少し声を荒げた。
「いやあごめんごめん。でも、ちゃんと話しを聴いてくれて嬉しかったんだ。今までも夜中に忍び込んで来る人達はいたけどみんな声を掛ける前に逃げちゃうんだもの」土田君は憶えたての平泳ぎで僕の周りをくるくると回った。僕は心の中に少し引っ掛かるものを感じた。
「ねえ、田中君。僕のともだちになってよ」泳ぐ土田君の片方の手が僕の肩を掴んだ。

 ともだちになってよ。そう言いながらしがみ付かれるともう二度と水面には浮かび上がれないんだって……。
 教室の片隅で女子が話しをしていたのを聞いたんだったっけ。

「やめてくれ!」僕は土田君の腕を振り解いて急いで水から上がろうとした。
 しかし、懸命に手足を動かしても少しも前には進まない。それどころか水の下の方から伸ばした土田君の両手が僕の肩を掴んでいて思うように動かすことが出来ず、そのまま水の底に沈んで行く様だ。
 僕と向き合う土田君はひどく嬉しそうで、僕はなんだかそんなに深刻な状況なんかじゃないのではないかとも思えた。しかも、もう随分呼吸をしていないのに全然苦しくない。
 不思議といくら沈んで行ってもプールの底に着きそうな気がしなかった。
 ああそうか、僕はここで生きてゆくんだな、と思った。
 そして、ここならあの虐めの首謀者ともともだちになれるんじゃないかって思ったんだ――。



 おわり
作品名:ともだち 作家名:郷田三郎(G3)