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D.o.A. ep.34~43

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Ep.36 憂鬱な隠者




闇から抜け出た先の、深い森の中は、ライルたちの足音と呼吸以外、無音だった。
青緑色の光の粒が、時折たわむれるように彼らの体のまわりを漂う。
光のコケを踏みしめるたびに、足元からふわりとそれが舞い上がり、ちょっとホコリみたいだ、とライルは思った。
歩けど歩けど、やはり生物の気配は皆無で、風がないため木の葉がこすれあうざわめきもない。
幻想的で、しかし不気味で、どこか陰鬱である。
リノンは物珍しげにきょろきょろしていたが、ティルは終始無言で顔を不快気にしかめていた。

「…ねえ、レーヤ。エメラルダさまって、どんなお方?」
不意に、リノンの声が沈黙をやぶる。
「私の知ってる大十術師は神代、人々を導いて、人間に魔術をもたらした10人の伝説の人。
本当に今でも、そんな人が生きてるの?それとも、“エメラルダ”は襲名されているの?」

レーヤは黙している。答える気はあるらしく、少し考えるそぶりを見せた。
けれど、すぐに首を振って困ったようにうつむく。

「―――あなたの言う事、よくわからない。全然知らない話」
そうだった。この小さな少年は恐らく、外に出たことがないのだ。
地上の情報など知るはずもないし、ましてや知りたいとすら願ったことはないだろう。
レーヤは眉をしかめて、リノンの言葉を部分的につぶやいている。
「じゃあさ、こーんな暗いトコで、エメラルダさまとレーヤ、いつもなにして過ごしてんの?退屈じゃないの?」
ライルからの問いかけに、やがてゆっくりと、拙いながらも少年は口を開きはじめた。

「名前、言葉、文字の書き方、読み方、食べ物、アルのこと、エメラルダさまは必要だと教えてくれてる。
…僕、退屈を知らないけど。エメラルダさま、退屈だと言ってる。いつも。
死にたいとばかり言ってる時もある。エメラルダさま、それ以外、自分のこと言わない。だから僕、エメラルダさまを、二つしか知らない」

この少年は、もしかすると、とリノンは気付いた。
何故、という思いを、疑問というものを持ったことがないのではないか。
そう考えるのは、この少年が、先程からまったく未知の情報に触れつつも、それは何?と訊ねようとさえしないからだ。
圧倒的な智者であるエメラルダが、レーヤに何かを訊ねることもありはすまい。
教わったことだけを覚え、命令されたことだけをする、そんな日々を過ごしてきたとしたら。
知らないことを知りたいという欲求が生まれようはずもなく、ただ知らないものは知らないものと受け容れるだけなのだろう。
道理で、同じ年頃に見られる、はちきれるような生命力がないはずだった。
知りたいという欲求のない人間の心は、死んでいるのと同じだ。
そんな考えに行き着くと、この小さな少年が、ひどく憐れな存在に感じられ、そしてこんないたいけな子供の心を殺している「エメラルダさま」に、わずかながら怒りがわく。
しかし、レーヤの言によれば、エメラルダという人物の精神は、重度に鬱屈しているようだった。
(聞いてた人物像と、ちっとも合ってないじゃない)
誰より常に傍にいるはずのレーヤから得た人格情報は、偉大なる賢者には遠く、ただの鬱病患者ですらある。
そんな人物に、自分たちの命運をかけて良いものなのか。
リノンは、はげしく不安に駆られつつあった。


「…ところで、肩に乗ってる、鳥?…ライを見て暴れたけど、それはなに?」
「アル」
レーヤの返答は簡潔だ。確かに、アル、と呼んでいるのを聞いた。
しかし、こんな鳥は見たことがないし、鳴き声だって聞いたこともない。
翼の生えたそれを、鳥だと断定しがたいのは、目がついていないからである。
尾はうすく長く、暗闇にさえおかされず純白だったそれは、今は青緑の光の粒をまとって、いっそう美しかった。
「お前がつけた名前か?」
かぶりを振った。違うらしい。無感情な双眸に少しだけ親しみが宿った。
どうやら、「アル」に関心を持ってもらえたことが嬉しいようだった。

「エメラルダさまが、本当の名前、長いから、アルと呼べって言った。ずっとそう呼んでる。喋らないけど、仲良し」
嘴の下あたりを指で擽るように撫でながら、レーヤはかすかに笑みを浮かべた。








作品名:D.o.A. ep.34~43 作家名:har