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凌霄花 《第三章 身を尽くしても …》

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<08> 命



 山寺から戻った早苗の決意を聞くと、お夏は泣いて止めた。
しかし、そんなことで早苗の気持は揺がない。
 
 早苗は心を鬼にして、主として下女に命令を下した。
共に水戸に帰り、嫁入りの支度をしてまたこの集落に戻り祝言を挙げるようにと。

 お夏は泣きながらも頭を下げた。
主の命には逆らえなかった。

 早苗はすぐさま帰郷の支度を始めた。
 お夏の嫁入りの日取りを決め、滞在中世話になった皆にお礼参りも済ませた。
 助三郎に最後の文を認め、送りつけた。 
 そして、ついに水戸へと向かった。


 集落を発って一日の後の夕方。
彼女は実家の門をくぐった。

「ただいま戻りました……」
 
 帰宅を告げた彼女を出迎えたのは、母のふくだった。

「早苗!?」
 
 うろたえる母。
しかし早苗は気にしなかった。
 母にさしたる用はない。

「父上はご在宅ですか?」

 母は答えなかった。
 その代わり、父の書斎のある方へ急ぎ足で消えた。
 それは父が在宅であるという何よりの証拠。
 早苗は彼女の後を追った。

「失礼します」
 
 書斎の襖を開けると、そこには父母が険しい顔で待ち構えていた。
彼らの前に座るなり、

「一体お前はいままで何をしていた!?」

 母が怒るのかと思いきや、怒声を上げたのは父の又兵衛だった。

「仕事ですが。何か?」
 
 さらっとそう言うと、父の怒りは増した。
目を吊り上げ、顔を赤くして捲し立てた。
  
「助三郎が血眼でお前を探しているんだぞ!? わからんのか!?」

「何のために?」

「妻が行方不明で平然としている夫があるか!?」

「あれの妻なら、江戸にちゃんと居るでしょう?」

 冷静極まりない娘のその言葉。
違和感を感じた又兵衛は怒鳴るのをやめた。 
 
「……ちょっと待て、お前、何か誤解していないか?」

 しかし早苗は聞かなかった。
 
「そんなことより父上、秘薬を調合してください。今回その為に水戸に戻って来たんです」

「秘薬? なんの秘薬だ?」

「ほら、大分前に言ってた、本当の男になれる上に女の時の記憶を消せる秘薬です」

 又兵衛とふくの顔がさっと青ざめた。
しかし、早苗は動じなかった。

「……なぜだ?」

「男になりたい以外に何の理由がありますか?」

 平然と言ってのけた。

「やはり何か誤解しているぞ。落ち着いてまずは話をしよう」

 父のその言葉を即座に退けた。

「無駄話は要りません。秘薬を」

「落ち着いてよく聞くんだ。助三郎はな……」

 聞きたくもない話。
苛立った早苗は声を荒げた。

「あの男はもう何の関係もありません!」

 彼を忘れたくてここまで来た。
苦痛からの解放が目前に迫ったこの瞬間、なぜ再び辛い記憶を掘り起こさなくてはならないのか。

「だから、お前は重大な誤解をしているんだ!」

「何も聞きたくない! 皆慰めしか言わない! もううんざりです!」

 思わず立ちあがった早苗。
負けじと、又兵衛も身を乗り出した。

「だから、話を聞け!」

「嫌です! あの男の話は何も聞きません!」

 互いに怒声を上げ、今にも掴み合うのではないかう緊迫感。
そこに割って入ったのはふくだった。

「早苗!」

 彼女は娘に縋りつき、説得した。

「早苗、落ち着きなさい。父上の話を聞きなさい」

 男の力で、母を投げ飛ばすことなどできない。

「……申しわけありません、母上。取り乱しました」

 深呼吸をし、心を落ちつかせ母を座らせた。

「では、もう男になりたいなんて言いませんね?」

 しかし、母の期待を娘は裏切った。

「母上。お許しください。この世に『早苗』は不必要なのです。必要なのは『渥美格之進』です」

 ふくの表情が瞬時に変わった。

「何を言ってるの!?」

「申し訳ありません!」

 話を聞かない娘。
困り果てた親は天を仰いだ。

 一体どうすれば、娘のひどい誤解を解くことができるのか。
力づくでやろうにも、目の前の娘は若い男の姿。
 又兵衛一人で勝てる自信はなかった。
 深く溜息をついた後、

「とにかく、風呂に入って飯を食って休め。話の続きは晩飯の後だ。良いな?」

 ふくを引き連れその場を後にした。

 早苗はその場に座ったまま二人の気配が消えるのを待った。
 一人になるのを待っていた。

 誰も居なくなったその部屋で、早苗は行動に出た。




 しばらくすると、薄暗くなった部屋へ、灯りを持ってお夏がやってきた。
彼女は嬉々とした様子で、部屋に入るなり明るい声を上げた。

「格之進さま! やはりすべては誤解でした!」

 彼女は主に語り始めた。
しかし、早苗は一切聞いていなかった。

「……格之進さま?」

 薄暗い部屋で何かをする主。
お夏は部屋の明かりをつけ、様子をうかがった。

「ありがとう、見やすくなった」
 
 早苗は書斎中にばら撒いた本や書付を片っ端から漁っていた。
不可解な行動に、お夏は首をかしげた。

「……何をなさっているのですか?」

「秘薬の調合方法を探すんだ。手伝ってくれ」

 お夏はその秘薬について早苗から聞いていた。
助三郎の記憶を消しさり、女心を抹殺し、身も心も正真正銘の男になれる秘薬だと。

 主の苦悩を目の当たりにした。
壊れる寸前の主を案じ、その時は不本意ながらも従った。
 しかしそれは、水戸まで戻れば何かしら止める手段が見つかるかもしれないと思ったから。
 すべての真相を知った今、逆らう以外道はなかった。
それで主を守れるなら、やるしかなかった。

「お手伝いできません」

「いいから、そこ探すんだ」

 主に向かって、お夏は叫んだ。

「おやめください! もうそのような秘薬、必要ではありません!」

「要るんだ! あれがないと、俺は生きていけない!」

「生きていけます! 旦那さまと二人で以前のように仲睦まじく……」

「黙れ! もう気休めなんか聞きたくない!」

「気休めなどではありません! 早苗さま! 話をちゃんとお聞きください!」

 すがり付くお夏。
早苗はその手を振りほどき、部屋のあら探しを続けた。

「早苗さま!」

 聞く耳持たずの主。
自分一人では止められない。
 お夏は、踵を返した。

「お聞き下さらないなら、人を呼びます!」





「優希枝? 居ないのか? ……調子悪いのかな?」

 妻は出迎えてくれなかった。
 仕方なく、平太郎は一人で自室に向かっていた。

 薄暗い廊下を歩くうち、彼は不可解な物音を耳にした。

「……ん?」

 それは父の書斎から聞こえていた。

「……誰か居るのか?」

 灯りが漏れる部屋の近くまで来て耳を済ませば、女のうめき声、衣擦れの音が聞き取れた。

「おい! 何やってる!?」

 平太郎は散らかり放題の書斎の隅で、男が女の上に馬乗りになって口を手で封じている光景を目の当たりにした。
 形振り構わず男を殴り、下の女を助け出した。

「大丈夫か!?」

「わたしは大丈夫です! それより、早苗さまが!」

「早苗?」

 お夏が指差す先を見ると、そこには先ほど力任せに殴った男が踞っていた。