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凌霄花 《第三章 身を尽くしても …》

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<06> 逃避



「……また降るかな?」

 旅装に身を固めた早苗は、笠を上げてどんよりとした空を見上げた。
まるで自分自身の心の様な空だった。

「また降りそうですね」

 隣のお夏もため息交じりにそう呟いた。

江戸を出てはや十日。
普通ならもうとっくに水戸に着いている。
しかし、激しい雨や雷が連日続き、二人の行く手を阻んでいた。

「お疲れですか?」

「平気。お夏こそ大丈夫?」

「大丈夫です」

 気丈に微笑む彼女に、早苗も微笑み返した。
そんな二人の間を風のようにすり抜けて行くものがあった。

「おっと……」

「ごめんなさい! あ、待て!」

「やだ!」

 兄弟二人が追いかけっこをしていた。
無邪気な二人を、早苗は目を細めて眺めた。
 すると、子供たちの母が寄ってきて早苗に詫びだ。

「お侍さま、申し訳ありません」

「いえいえ。男の子はあれくらい元気がよくないと」

「申し訳ありません……」

 暫く元気のいい兄弟を眺めながら歩いていた二人だったが、突然早苗が足を止めた。

「……お夏、変な音しなかったか?」

「え? わたしにはなにも」

 すぐに音の正体がわかった。
山肌が崩れたのだった。
 連日の雨で地盤が緩んでいたようだ。
土砂のせいで、街道がふさがってしまった。
 旅人たちは天を仰いだ。
 
「道が使えない……」

「これゃいかん」

 早苗も同じようにため息をついた。

「いつになったら帰れるんだ……」

 しかし、そのため息は絶叫でかき消された。
一大事と、早苗は声がする方へ向かった。

 そこで彼女が見たのは、先ほどはしゃいでいた男の子二人とその母親だった。
兄弟二人は、崩れた土砂に巻き込まれたようだ。

 街道下の斜面で、倒れてピクリともしない兄。
 そのそばで、泥だらけになって泣きじゃくる弟、そして街道で座り込み、放心状態の母。

 早苗は直ぐ様兄弟を助けに向かおうとした。
そんな彼女に、旅人が二人手伝いに名乗り出た。
 
 斜面を下り、倒れている兄の様態を確認した。
どうやら気絶しているだけ。早苗はほっと胸をなでおろした。
 
「大丈夫。お兄ちゃんは気絶してるだけだ」

「本当? 大丈夫なの?」

「あぁ。それよりここから安全な所へ行かないと。あそこにいるおじさんところまで行けるかい?」

 上では手伝いに名乗りを上げた二人が兄弟の母を介抱し、兄弟を連れ戻す支度をすでに整えていた。
 
「行ける」

 彼は早苗の言うことを聞き、安全な場所へ戻った。
 
 見送った早苗は、気絶している兄の方をおぶった。
いくら男の状態で力が強いとはいえ、油断は禁物。

「あっ……」

 案の定、泥で足を滑らせた。
右足に痛みが走ったが、そんなことを気にしている場合ではなった。
 転ばぬよう足を踏ん張り、体勢を整え直した。

「頑張れ! あと少しだ!」

「そこ危ない。もうちょっと右に!」

 皆の声援に励まされ、早苗は男の子を無事に連れ帰ることができた。
 息子の無事を確認して落ち着きを取り戻した母親は、しきりに頭を下げ早苗に詫びた。
しかし、早苗は当然のことをしたまでと断り、代わりに男の子の様態を気にした。

「念のため、医者に診せたほうが良いですよ」

 しかし、医者に診て貰わねばならないのは早苗のほうだった。
先ほど痛みを感じた右足に、違和感を覚えていた。

「なんか右足が痛いな……」

 いつもとは違う感じに、早苗は不安になった。
お夏も主を心配し、どうしようかと思案に暮れた。
 そこへ、先ほど助けた男の子の母親が進み出た。
 彼女いわく、すぐ近くに彼女が住む集落がありそこには医者もいる。
 お礼もしたいから、来てくれとのことだった。

 早苗はその言葉に乗り、お夏とともに集落へと向かった。
そこへ着くなり、お夏はぽつりともらした。

「……ここ、父が生きていた時住んでたところです」

「え? そうなの?」

「父が亡くなり、生活に困って母とともに橋野様の御屋敷に奉公にあがりました。そこまではここで暮らしていました……」

「そうか…… だいぶ前だよね。お夏が俺のとこ来たのって」




 昔話もそこそこに、早苗は直ぐに医者に診て貰った。
すぐに彼は診断を下した。

「捻挫です」

「え」

「おまけに、足の骨にヒビが入ってるようだ。しばらくは安静に」

 早苗はがっくりとうなだれた。
常日頃鍛えていたはずにもかかわらず、怪我をしたのだ、無理もなかった。
 しかし、医者は容赦なく続けた。
 
「それと、お侍さま。気苦労し過ぎです」

「……そうかもしれません」

「明らかに睡眠不足。それと、ちゃんと食べてないようだ。栄養もいろいろ不足しています。骨にヒビが入ったのもそれが原因です」
「え? 鍛え方が甘いのではなく?」

「筋肉はともかく、骨をどうやって鍛えるのですか? とりあえず、煮干しを毎日食べなさい、骨と苛々に効きますから」

「わかりました……」

 医者から安静にと言われ、街道は土砂崩れで通行止め。
早苗に選択の余地はなかった。

「お夏、旅籠ってこの集落にある?」

「……調べてまいります」

「あ、分からないよな…… 小さい時に居ただけなんだから」

 しかし、お夏が調べに出る前に、ここを案内してくれた母親が進み出た。
隣には、目を覚ました兄と、彼を見て嬉しそうに笑う弟が立っていた。

「どうぞ、お怪我が治るまで、わが家に泊まってください」

「しかし、それは御迷惑では?」

「いいえ。うちは寺です。部屋はあまるほどありますので。それに、ここに旅籠はございません」

「そうですか。……では、お言葉に甘えて」

 こうして早苗とお夏はその集落に留まることになった。
 しかし、たったの二日で早苗は療養生活に飽きた。

 じっとしていなければならないが、苦痛だったのだ。
 皆が働いているのに、自分だけは部屋で書見や書き物。
 それが嫌だったのだ。
 
「なにか私に出来ることってありませんか?」

 朝餉の席で、早苗は住職夫婦にそう言った。

「出来ること、ですか? さて……」

 住職が考え込んでいるその横で、妻ははっと何かをひらめいたようだった。

「そうです。寺子屋の先生、やって頂けませんか?」

「先生ですか?」

「そうです。この村に先生はおりません。隣の集落から通って来られるのですが、あの崖崩れで道が使えなくなったものですから。いかがでしょう?」

「はい。ぜひやらせてください」

 子供好きで学問好きの早苗には最適の仕事だった。
その日から早苗は寺子屋の先生になった。
 寺の兄弟二人を始め、集落中の子供たちがすぐに早苗になついた。
 丁寧に分かりやすく教えてくれるということで、親たちの評判も良く好調だった。
 
 もちろん、いいことばかりではなかった。
 『新しい先生は若くて男前』という噂がすぐに流れ、若い娘がこぞって覗きに来た。
 そして早苗の苦手な黄色い声を上げるのであった。
 

 早苗がやりがいを見つけている傍で、お夏もあるものを見つけていた。

「格之進さま、今からでかけてもよろしいですか?」

「いいよ、行っておいで」