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凌霄花 《第二章 松帆の浦…》

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〈10〉決心



「お帰りなさいませ」

 お夏が早苗を迎えてくれた。

「ごめん。ずっと留守にして……」

「それより、もうお身体は大丈夫ですか?」

「あぁ。明日から仕事に行く」

「ではまた明日から、お弁当作りますね」

 するとそこへ黒い塊がすっ飛んできた。

「クロ。元気だったか」

 彼は純粋に主の帰宅を喜び、尻尾を振っていた。
 
『帰って来た! 格さん帰って来た!』

「あぁ。帰って来た」

 しかし、彼は悲しそうな眼で早苗を見上げた。

『助さん、全然帰ってこない…… なんで?』

 助三郎はもう帰ってこない。

 しかし、クロの一番は早苗と同じく助三郎。
彼を悲しませたくない。彼とまだ別れたくない。
 そう思った彼女は、事実を隠蔽した。

「……助三郎はな、忙しいんだ。そのうち、落ち着いたら帰って来る」

 やさしく彼の頭を撫でながらそう言った。

『ほんと? そしたら、クロといっぱい遊んでくれるかな?』

「あぁ。遊んでもらえるさ……」

 黒犬は無邪気に吠えた。
 
『やった! じゃあ、今日は格さんと遊ぶ! 良いでしょ? ね?』

「わかった。先行っててくれ」

 早苗はほんの少し癒された
しかし、大きな溜息をついた。
 彼に近いうち、本当の事を言わなければならない。
 その時は、彼との別れの時。それを思い、ただ溜息をついた。
 
 お夏は主の様子をしっかり見ていた。

「格之進さま、大丈夫ですか?」
  
「へ? あ、あぁ。大丈夫。ちょっと疲れただけだ」

「ご無理はなさらず……」

「あぁ……」


 彼女は仕事に復帰した。
余計な事を考えないよう、仕事に没頭した。
 そして、同僚と飲みに行った。朝まで飲んだ……
 それ故、本来の女の姿に戻ることが無かった。
 
 そんな生活が続いたある晩、日誌をつけている彼女の所へお夏がやって来た。

「お茶をお持ちしました」

 盆の上の湯呑は二つ。
常ならぬ何かに、早苗は気付いた。

「……俺に話?」

「……はい」

 お夏は、主の顔をじっと見つめた。
早苗は筆を置き、下女と向き合った。

「……なんだ?」

 お夏はすぐには答えなかった。
すこし躊躇う様子を見せたが、言った。

「早苗さまに、お戻りにはならないのですか?」

 その途端、お夏は主の顔が強張ったのに気付いた。
 それ以上問い詰めはせず、ただ湯呑を勧めた。
 それは少し温くなっていた。
 黙って啜った後、早苗は湯呑の底を見ながら言った。

「戻れない訳じゃない。好きでこの姿なんだ……」

 お夏は何となく感づいた。なぜ主が男のままなのか。
 しかし口には出さなかった。 

「……お茶、淹れなおしますね」





 温かいお茶を啜った早苗は、湯呑を置くと大きな溜息をついた。
そして、本当の事を打ち明けた。
 
「……あいつ、もう二度と戻ってこないんだ」

「えっ」

「新しい嫁さん貰ったらしいんだ」

 お夏の顔が青ざめた事に早苗は気付いたが、そのまま続けた。

「だから、俺とあいつは、ただの同僚ってわけだ。は、はは、はははは……」

 苦しい乾いた笑い声が部屋に響いた。
お夏はそれを打ち消すように、早苗に厳しい眼差しを向けた。

「早苗さま。差し出がましいようですが、御無理はなさらずと申し上げた筈です」

 早苗はそんな下女から眼を背けた。

「無理なんかしてない……」

「いいえ。無理なさってます!」

 お夏が声を荒げると早苗も怒鳴り返した。
 
「じゃあ、どうしろってんだ!?」

 お夏は驚き、何も言わなかった。
早苗はとうとう溜まっていたモノをぶちまけた。

「あいつだけじゃない。そのうち、クロまで手放さないといけなくなる! そうなったら、そうなったら、今度こそ俺は一人だ…… どうすれば……」

 男の姿のまま泣きだした。
 ずっと女に戻らなかったのは、助三郎を忘れる為。泣かないようにするためだった。
 しかし、男の姿でも限界が来ていた。

「まだ助三郎を想い切れないんだ…… 夢に出てくる。逢いたくなる。どうすればいい? どうすれば忘れられる?」

「早苗さま……」

 お夏は早苗に寄り添った。
そして涙を流し続ける主の手をそっと握った。
 
「忘れるなどと…… あのお優しい旦那さまです。勝手に離縁など、あり得ません」

「でも、でもな……」

 すすりあげながら、早苗はお夏に見た事すべてを語った。
すると、彼女は優しく主を勇気づけた。

「それはきっとお仕事だったんです。なにか、調べたいことがあったんです」

「……そんなことって、あるか?」

「はい」

 
 夜が更けた。
ずっと泣いていても仕方がない。
 
「そろそろお休みになったほうが」

「そうだな。ごめん、付き合わせて……」

「いえ。では、これにて失礼……」

 お夏は部屋から立ち去ろうとした途端、その手首をがしっと掴まれていた。

「やっぱり、待ってくれ、一緒に寝てくれ」

「えっ!?」

 あっという間にお夏の顔が真っ赤になった。
主が女だということは百も承知だが、さすがに男の姿で『寝てくれ』と言われたら……
 早苗もそれに気付き慌てて弁明した。

「あ、違う! そういう意味じゃない!」

「そ、そ、そういう、意味とは!?」

 ひどくうろたえる下女を前に、早苗は女に戻った。

「……一緒の部屋で寝てくれる? もう一人寝はイヤなの」

 お夏はやっと女に戻った主を見て安堵した。

「では、お布団持って参ります」
 




 次の日の昼過ぎ、早苗は町人姿で本所を歩いていた。
修理ももう終わり、そろそろ引っ越しを始める吉良の屋敷を見がてら、弥七と情報交換。
 
「最近こっちはどうなってる?」

「こちらの堀部殿が仇討ちを急んで、単騎突入も辞さないってんで、大石様が数人寄越して説得を」

「安兵衛さんらしいな。で、その成果は?」

「フッ。木乃伊取りが木乃伊になっちまいやしたよ」
 
 京の内蔵助は『待った』と宥め、江戸の安兵衛たち急進派は『すぐに仇討を』と迫る。 
遠く離れていれば、意思も通じない。
 元赤穂藩の仇討ちを誓った者たちの結束が揺らぎ始めていた。
  
「そういや、助さんなんですがね……」

 突然の話に、早苗の胸は詰まり、耳をふさぎたくなった。
しかし、ぐっとこらえ冷静を保った。

「……なんだ?」

「お銀から報せが。京で合流したそうで」

 早苗は大いに驚いた。

「京? あいつ今京に居るのか?」

 そんな彼女の様子に、弥七が驚いた。

「大石様に少し動きが有るようで、あっしにこちらを任せて…… まさか、御存じないんで?」

「何の連絡も来てない ……仕事は別だろ、あのバカ野郎!」

 『夫婦』と『同僚』は別。
そう今まで何度も彼に言い聞かせていた。
 仕事中は『男』として扱えと。
 自分でもそれは、努力していた。
仕事中、彼は『夫』ではなく『同僚』であると。
 しかし、彼は仕事の連絡を彼女に寄越さなかった。
 間違いなく、『女』として見ている。

「……俺の中身が、早苗だからだよな」

 昔の女と連絡など取りたくないのは当たり前。