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凌霄花 《第二章 松帆の浦…》

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〈09〉夢幻の……



 助三郎が一行に気づいて振り向いたその時、早苗は物陰に身を隠していた。
 彼女に聞こえてくるのは声のみ。

「皆さん、お久しぶりです」

 酔っ払いの男達は、そんな助三郎に絡んだ。

「お前、最近職場に顔出さないじゃないか。え?」

「ちょっと国許が忙しいので……」

 さらっと受け流す助三郎だったが、酔っ払いは尚も彼に絡んだ。

「精が出るな。だが、渥美が寂しがってるぞ」

「そうだ、そうだ! 可哀想になぁ」

「は、はぁ、そうですか……」

 早苗は、藩主のみならず職場の皆にも、感づかれていたことを知った。 
そして、あえて今まで何も聞いてこなかった彼らの心遣いに、感謝していた。
 しかし……

「……その、そちらは、嫁さんか?」

 助三郎は一人ではなかった。
 隣にいたのは、女。
 早苗は、一言一句漏らさずまいと、耳を済ませた。
彼女の耳には、緊張で高鳴る心臓の音がうるさく響いていた。
  
「いつも夫がお世話になっております。妻でございます」

 その声は、彼女に聞き覚えのある声だった。
しかも、それはこの世で一番嫌いな女。
 早苗はあふれ出てくる強い感情を歯を食いしばって抑えた。

 そんな早苗とは対照的に、酔っ払いどもはニヤケていた。
そして、酔いに任せて助三郎を冷やかした。

「美人じゃないか。うらやましい!」

「若くて綺麗。お似合いの夫婦!」

「いやぁ…… はははは……」


 助三郎はそれから少しの後、皆の前から立ち去った。
もちろん、女と共に。
 物陰から出てきた早苗が眼にしたのは、『妻』と自称した女と腕を組んで楽しそうに歩く助三郎の後姿だった。

 男どもはそんな彼女に気付くと、面白半分でからかおうとした。
しかし、早苗の顔色が酷く悪いことに気付くと、腫れものに障るように接し始めた。

「渥美、どこ行ってたんだ?」

「……顔色悪いが、酔いが回ったか?」

 早苗は同僚たちの気遣いなど気にしていなかった。
そんなことなどもうどうでもよかった。
 それよりも大事なのは、眼の前に来た現実と向き合うこと。
 早苗は深呼吸をすると無理やり笑顔をつくった。

「すみません! 急用ができてしまいました。飲み比べはまたの機会に……」

 すると、中から残念そうな声が上がった。

「えぇ!? なんでだよ……」

「せっかく朝まで飲もうと思ったのに……」

 早くその場から立ち去りたい早苗は、精一杯愛想良く振舞った。

「また後日、絶対に飲み比べしますから! ね?」

「よし…… わかった。行って来い」

「ありがとうございます」
 
 酔っ払い一行から解放された早苗は、すぐに二人の後を追った。
 彼女が二人に追いついた時、女は助三郎の腕に抱きつき、甘えるような声を出していた。

「……ねぇ、いつ引越しされるの?」

「すぐにするさ……」

 そっけなく返す助三郎に気付いた女は、疑うような眼で彼を見上げた。
 
「やっぱり、まだ話つけてないんでしょう?」

 その途端、助三郎は声を荒げた。
彼の言い放った言葉に、早苗は愕然とした。

「だから、早苗とは離縁したって言ったろ!? ちゃんと三下り半渡して、実家に帰して、書類上でも縁切ったって! 俺とはもう何にも関係ないって!」


 それは突き付けられた現実。
彼が自分のもとに『夫』として、二度と帰ってこない。
 夫婦で無くなった事が分かった瞬間だった。
 しかし、早苗は気丈に二人の会話を聞き続けた。

「そんなに怒らなくてもいいじゃない、わたしはただ……」
 
 女は俯き、泣きだした。
早苗は知っていた。それは『嘘泣き』だと。
 しかし、助三郎は気付かないのか、慌てた様子で彼女を抱き寄せた。
 
「すまん。泣くな。泣いてる顔見たくない……」

 顔をぱっと上げた女の眼に涙は無かった。

「早く一緒に住みたいの。ね?」

 さすがに嘘泣きに気付いた助三郎は、呆れたように彼女に返した。

「あ、あぁ、そのうちな……」

 
 早苗は溜息をつくと、その場から静かに立ち去った。




 本人が気付いては居なかったが、遠ざかっていく早苗の後姿を眺める者があった。

「……お気の毒さま。早苗」

 助三郎の横の女は冷酷な笑みを浮かべた。

「……わたしの勝ちよ。負け犬さん」
 




 早苗は考えなしに、ふらふらと歩いていた。
役宅に帰るでもなし、どこかへ行くでもなし……
 ぼんやりしていたが、顔に当たる冷たい物でやっと我に返った。

「あ、雨……」

 それは通り雨かと思われたが、次第に雨脚が強くなっていった。
雨宿りする場所を探すと、小さな御堂を見つけた。
 その中に入り、雨がやむのを待つ事にした。
 雨をぼんやり眺めていた彼女の口から、ある言葉が突いて出た。

「三年子無きは去れ……」

 彼女はそのとたん、苦笑した。

「……そうだ、子ども産めなくて、ろくに旦那の世話もできない。こんなやつは、妻失格だ」

 自分に言い聞かせるように早苗は続けた。

「だから、赤ちゃん産める、世話好きな良い嫁さんをとる。当たり前のことだ……」
 
 早苗はそんなこと分かっていた。受け入れようとした。
しかし、どうしてもその妻に選ばれた女に納得がいかなかった。

「……だが、なんで弥生だ? どうして、あのバカでどうしようもない性悪女だ?」

 助三郎の横に居たのは、紛れも無く弥生。彼女は早苗の天敵だった。
顔を見れば喧嘩ばかりしていた。
 しかし、結婚後、彼女と直接会う機会はほとんどなかった。
 だが、昔の天敵は今も天敵。嫌いで顔も見たくない。
 そんな女に、どうして愛する男を任せられる事が出来ようか。

「……もっと良い家の、可愛くて性格の良い娘にしろよ。佐々木家に、あのバカ女の血が入るじゃないか。どうしてなんだ…… 助三郎……」

 早苗は懐に手を淹れ、夫からもらった大切な守り袋をギュッと握った。

 その時だった。

 彼女の耳に突然、気味の悪い声が聞こえた。

 アイツガ ワルイ

 オマエハ ワルクナイ
 
 オンナヲ ヤッチマエ
 
 オンナガ ワルイ

 それは、人成らぬモノ達の声。
かつて早苗をあの世に連れ去ろうとした連中だった。
 しかし、早苗は彼らに怯えることは無かった。

「……うるさいから黙ってろ」

 キッと睨みつけたが、彼らは一歩も引か無いばかりか数が増え始めた。

 ツライダロ クルシイダロ
 
 イッショニ イコウ

 ソウダ イコウ
  
「誰が行くか。ほっといてくれ……」

 彼らはしつこかった。

 シカタナイ
 
 ツレテイコウ

 ムリヤリ ツレテイコウ

 早苗はその言葉に驚き、腰の刀に手を当てた。

「おい、何する!?」

 イコウ イッショニ イコウ

「やめろ! 来るな!」

 早苗は、太刀を抜き払い、振りかぶった。





 その時、雷鳴と共に、お堂の中にずぶ濡れの男が勢いよく飛びこんできた。
半被を見に付け、手には大工道具。中年の男だった。

「ひでぇ雨だ…… 大事な商売道具が台無し…… ん?」

 その男は、先客の早苗に気付いた。
彼女は、髪を振り乱し、大刀を片手に、震えていた。