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凌霄花 《第二章 松帆の浦…》

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〈07〉変化



「暑いわね……」
 
 未だ京の山科に居るお銀は、かんかん照りの天を恨めしげに仰いだ。

「日焼けはお肌によくないのよ」
 
 それ故、彼女は夜働きの方が好きだった。
しかし今は文句など言ってはいられない。
 内蔵助の住まう家に、江戸から文が届いたのだった。
 
 お銀がお目当ての屋根裏に到着すると、内蔵助は文に目を通していた。
その隣には長男の主税の姿があった。

「……父上、堀部殿はいかなるお考えでございますか?」

「……単騎突入も辞さない考えだ」

「……それは無謀では?」

「……勿論。急いてはことを仕損じる。安兵衛を止めんといかんな」

 どうやら、江戸の仲間の中の過激派が、行動に出ようとしているらしい。
重要な情報をお銀は洩らさず聞いた。





「暑っついな……」

 弥七は江戸の町を歩いていた。さすがの彼も暑さにはかなわず、顔をしかめた。
 急いで日陰を見つけると、手拭いで汗を拭った。
 そして涼しい日陰をくれた親切な屋敷を見やった。
 
「ここの殿様は…… 確か、土屋様だったかな?」

 今から彼が行こうとしている場所は喧騒に包まれていたが、その『土屋様』の屋敷は、対照的に静寂に包まれていた。
 汗が少し引いた弥七は、すぐにその日の仕事へと向かった。





「申し訳ございませぬ!」

 弥七の眼に、一人のまだ若い侍が、頭を地面にこすりつけている姿が入った。
上司らしき男が彼に説教をしている。

「どうしてそれならそうと報告をせぬ! 勝手にあのような者達を入れおって!」

 彼が指差す方向には、大工の集団が忙しそうに作業していた。

「申し訳ございませぬ! 腕は確かと聞き、つい。人手も足りませんでしたので……」

「人数が足りんだと!? どういうことだ!?」

「は。上杉家でも改修工事が重なり、大工が足りないとの仰せで……」

 その二人の隣で、老人が口を開いた。

「……足りなかったのならば、仕方あるまい。もともとこちらが無理を言ってるのだからな」

「しかし、殿……」

 不満げな侍をよそに、大工の一団の中から男がやって来た。

「俺らの腕をなめてもらっちゃあ、困りますぜ! 殿さま」

 すぐさま侍がその大工を叱った。

「殿に口を聞くな。町人の分際で!」

 すぐさま大工は言い返した。

「これだから侍はイヤなんだよ! 刀差してりゃえらいと思いやがってよ!」

「なに!?」

 侍は刀に手を掛けた。
そんな姿を大工は鼻で笑った。

「おう、お前さんらの武器は刀だが、俺らの武器はこの大工道具だ」
 
 持っていた金槌を突き出した。

「だからどうした」

 対抗するように鼻で笑った侍に、大工は怒鳴り付けた。

「俺らはこれに命かけてんだ! これで飯食ってんだ! 舐めてもらっちゃ困るんだよ!」

 彼の背後から、大工仲間の男たちの野次が飛んできた。

「さすが棟梁! 日本一!」

「よ、平兵衛! 男前!」

 どんどん野次は大きくなり、味方の居ない侍が負けた。
怒りで顔を真っ赤にした彼は、捨て台詞を吐きその場を後にした。

「黙って仕事をせい!」

 現場には笑い声が響いていた。





 威勢の良い大工達と吉良の家来の喧嘩。
その光景を見た弥七は冷笑した。
 
「……江戸の大工を使わず、息子の所の大工を使うってか」
 
 弥七は見抜いた。
言い争っている大工以外は、すべて米沢からやってきた大工達。
 もしも、屋敷の間取りや設計図が外部の大工を通じて赤穂方に漏れたら、一大事だからだ。

「吉良様もなんだかんだいって、仇討に怯えてるんだな。面白れぇ」

 弥七はこの情報を、新鮮なうちに持っていくことに決めた。





 早苗は久しぶりに会う弥七の、ある行為に眼を丸くしていた。
彼が茶を飲み干したのだった。
 今まで一度たりとも、彼が彼女の前で茶を飲んだことは無かった。

「あ、飲んだ……」

 早苗のその呟きに弥七ははっとし、なぜか謝った。

「え? あ、すまねぇ……」

 妙な彼を早苗はクスリと笑った。

「いいえ。凄く嬉しいです。やっとわたしが淹れたお茶、飲んで貰えたんですから」

「あ、その、あまり茶を飲む習慣がないんでねぇ……」
 
 珍しく照れる弥七に早苗はまたも笑った。

「せっかくです。もう一杯どうぞ。今日は暑いから、喉乾きますよね」

 早苗は空になった湯呑に茶を淹れた。
急須から茶が出てくる様子を黙って見ていた弥七だったが、はっと気付き膝を進めた。

「おっといけねぇ。本題だ」

 早苗も急須を置き、仕事の顔になった。

「大きな動き、あったんですか?」

「へぃ。吉良様が本所(*1)に屋敷替えを」
 
 早苗は頭の中で地図を描いた。

「本所ですか? ちょっと江戸の中心から外れてますね」

 吉良の屋敷は江戸城とは至近距離。
それが今度の屋敷替えでかなり遠くになってしまった。

「柳沢様が、吉良様を厄介払いしたんです」

 弥七はそう断言した。

「……それって、お城の近くで仇討されると、迷惑だからですか?」

「いや、あの御方は仇討を信じちゃいねぇ。ただ吉良様の居た土地が欲しかっただでさぁ」

 策士の柳沢。なにか思うところがあってそうしたのだろうと、早苗は弥七の話に納得した。

「そうですか…… それで、吉良さまはもう本所でお住まいですか?」

「いいえ。貰った場所に屋敷建て直してましたぜ。大騒ぎしながら」

 ニヤリと弥七は笑った。
先程の大工と侍の喧嘩を思い出していたのだった。

「吉良さまは引っ越しか…… 大石さまは大石さまだし……」

「そう言えば、お銀からの連絡は?」

 早苗は彼につい先ほど到着したお銀の文を見せた。

「江戸の仲間から、再三仇討を促す書状が来ているそうです。でも、大石さまは動かないそうで」

「時期尚早ということだな……」

「でも、しきりに御家再興の嘆願書を送っているようですね?」

「それは確かだ。柳沢様の屋敷で何回か見た」

 早苗は少し疑問に思っていた事を確かめた。

「大石さまの本懐は、討ち入りですよね?」

 弥七は文を畳むと即答した。

「へぃ。赤穂で見た通り。なんで、御家再興の嘆願書は目くらまし。仇討を信じてない柳沢様にはちょうどいい」

 平和的解決は出来ないのかと、早苗はふと思った。
 もしも、赤穂浅野家が再興すれば仇討ちも無くなるのではないかと。

「……御家再興って、やっぱり無理ですよね?」

 すぐに弥七から答えが帰って来た。

「無理でしょうね。赤穂は柳沢様がつぶしたようなもんだ」

 その答えを、早苗は分かってはいた。しかし、思わず溜息を洩らしていた。




 茶を三杯飲み干した時、弥七はあることに気付いた。

「ところで、今日助さんは?」

 途端に早苗の表情が曇ったのに彼は気付いた。

「長い間留守なのかい?」

「水戸に帰ってるんです。忙しいのか、戻るのが遅くて……」

 既にその時、助三郎が江戸を発ってから半月を越し、一月になろうとしていた。
すぐに戻って来ると言って出て行った夫の帰宅を、心待ちにする早苗だった。

「そうですかい。寂しいですね……」