二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

凌霄花 《第二章 松帆の浦…》

INDEX|13ページ/31ページ|

次のページ前のページ
 

〈05〉闘い



 お夏は悲痛な面持ちで早苗に理由を話し始めた。

「母が、倒れたと知らせが……」

「お母さまが!?」

 早苗はお夏の家の事情をよく知っていた。
母は今も早苗の実家、橋野家で下女をしている。
その母に連れられてきたお夏が、早苗の遊び相手になり仲良くなった。

 大事な母が心配に違いない。
そう思う早苗はすぐに立ち上がった。
 部屋の隅に置いてある箪笥から金を取り出し、紙に包むと彼女に手渡した。

「これで滋養のつく物買って。路銀もこれで足りるはずだから」

「そんな。早苗さま、こんな大金……」

 彼女は驚き、返そうとした。しかし、早苗は拒否した。

「すぐに帰るの。落ち着くまでこっちは気にしないで。ね?」

「しかし……」

「大丈夫。早く行きなさい」

 主の心遣いに感謝し、お夏は頭を下げその場を辞した。
そしてすぐさま身支度を始めた。
 その彼女のそばには、いつの間にかクロの姿が。
荷造りする彼女の膝に手をかけ、クンクンと悲しげに鳴いた。
 しかし、彼女に犬の言葉は分からない。
ただ、寂しがっている様子はわかったので、頭を優しく撫でた。

「すぐ戻ってくるから。留守の間、早苗さまをよろしくね」

 クロはきちんとお座りし、一声吠えた。

「ワン!」




 次の日の朝、助三郎は早苗の作った朝食を満足げに頬張っていた。

「お夏には悪いが、やっぱり味噌汁は早苗の味付けが一番だな」

「そう? ありがとう」

 褒められ、素直に嬉しくなった早苗は上機嫌でその味噌汁に手を伸ばした。
手短に朝食を終えるなり、助三郎は言った。

「晩飯は俺が作る。なに食べたい?」

「え? 作ってくれるの?」

 久しぶりの夫の手料理。
驚きの表情を浮かべる彼女に、言いだしっぺは胸を張った。

「当たり前だ。俺は今日非番だしな。交代交代で炊事洗濯掃除しないといけないし」

「そう。ありがとう」

 妻をさらに喜ばせたい助三郎は彼女に希望を取った。

「で、なに食べたい?」

「そうね。昨日はお芋煮たのだったし、おとといは葉物……」

「だから?」

「うぅん…… あ!」

「あ?」

 早苗に考えている暇など残っては居なかった。
いきなり奥の間へ消えた。
 そして次の瞬間、助三郎の前を羽織袴姿の男が走り去っていった。
 
「すまん。遅刻する! 魚にしてくれ! じゃあな!」

 それを助三郎はあっけにとられて見送った。

「わかった。魚にする……」




 それから数日、早苗と助三郎はどうにか仕事に支障をきたさず生活が出来ていた。
しかし、突然の訪問者が。
 それは、早苗より年上の見知らぬ女。
 彼女はお夏の代わりに橋野家から早苗の手伝いに来た者だと告げた。

「先日、大奥さまに召し抱えられました。『たえ』と申します。よろしくお願いします」

 早苗はなにも疑わず快く彼女を家に入れた。

「おたえさん。では、部屋に案内しますね」

 彼女はおたえを今までお夏が使っていた部屋へと通した。

「今日は疲れたでしょう。仕事は明日からお願いしますね」

「はい」
 
 早苗は居間へと戻った。
するとそこへ、猛烈な勢いで走ってくる黒い塊があった。

「どうしたの、クロ。そんなに急いで」

 彼はひどく慌てていた。
早苗の着物の裾を引っ張り、けたたましく吠えた。
 彼女には彼が何を言わんとするのかすぐにわかった。

「……庭に出ろって?」

 彼の言葉に従い、庭に出た。
 そして、奥の人目につかないところで、クロと向き合った。

 彼の言葉が、早苗の耳にはっきりと届いていた。


『あれは、あのおばちゃんは、悪いじいちゃんの仲間だよ!』

 突然のこの言葉に、早苗はわけがわからず問い返した。

「クロ。落ち着いて。何の話?」

 しかし、クロは慌てたまま。

『クロね、見たの。あのおばちゃん。悪いおばちゃん!』

 早苗はクロの眼を覗き込み、穏やかに語りかけた。

「クロ、ゆっくり最初から話して。出来る?」

 これでようやく彼は落ち着きを取り戻し、きちんとお座りして話し始めた。

『出来る。えっとね、この前、一緒に水戸に帰ったでしょ?』

 早苗にふっとイヤな思い出が甦った。

「……そうね。それで?」

『その時、早苗さんの悪口言ってた悪いじいちゃん、居たでしょ?』

「……大叔父さま」

 助三郎の大叔父、佐々木伊右衛門。

『クロ、あのじいちゃんの後を着いてったの。こっそりと』

「……それで?」

『あのじいちゃん、すっごく悪い話してた。あのおばちゃんと』

「……どんな話?」

 恐ろしさで身が震えだした早苗だったが、クロに問うた。
しかし、クロは即答しなかった。

「覚えてない? それとも、難しかった?」

『覚えてる。意味もわかる……』

 早苗は、彼が恐ろしい情報を手に入れていた事に気づいた。
しかし、覚悟を決めた。

「お願い。教えて」

 クロは、小さく言った。

『……早苗さんに、毒盛れって』

 早苗の背筋は凍りついた。
同時に、彼女は頭を木槌で殴られたような衝撃を身に感じ、その場にうずくまった。
 動悸がし、呼吸が浅く速くなった。

 様子が眼に見えておかしくなった彼女を心配し、クロは彼女に必死に話しかけた。
安心させようと、一生懸命宥めた。
 どうにか彼女が持ち直すと、クロは彼の意見を述べた。

『助さんに頼んで追っ払ってもらおうよ! あの悪いおばちゃん! ね?』

 しかし、早苗は首を縦には振らなかった。

「……クロ。お願いがあるの」

『なに?』

「……この事は、絶対に助三郎さまには言わないの」

 クロは驚き、思わず彼女に怒鳴った。

『なんで!? 早苗さん危ないんだよ! どうして黙っちゃうの!?』

 早苗も怒鳴り返した。

「いいから、言わないで!」

 クロは、主の恐怖に染まった瞳をじっと見た。
その瞳は、強い意志を持っていた。
 クロは折れた。

『わかった。助さんには言わない』

 少し不満げに言う彼に、早苗は懇願した。

「絶対よ。絶対言わないで。お願い」

 クロは、キッと早苗を見据えて。

『クロがずっと見張ってる。絶対早苗さん守る!』

 そう告げると、その場を走り去った。




 一人残された早苗は、呆然と空を見上げていた。
 その空は彼女の心とは正反対の、雲一つ無い青空だった。
 
 己の不甲斐なさに彼女は自嘲した。
しかし、そこですべてを諦めはしなかった。
 頑固な大叔父に、自分の存在を認めさせようと決意した。
できる限り対抗し、彼に文句を言わせてなるものかと心に決めた。

「間違って無いよね?」

 早苗は、夫から貰った己の身を守る魔除けのお守り袋を握り締めた。




 早苗はその日すぐに、新助の家で部屋を借りた。
男に姿を変え、文を認めた。
 それは、職場への文。暫く出仕できない旨を書き記した。

 大叔父に秘している『渥美格之進』の正体。
この状況下でバレれば、彼との関係はさらに悪化するに違いない。
 よって、彼の回し者と思われる下女のおたえにバレてもいけない。
 夫に余計な心配を掛けさせてもいけない。