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雪割草

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〈43〉ふたりきり



光圀が城に引き留められたせいで、早苗と助三郎は上屋敷に一部屋与えられた。
あからさまに嫌がっている光圀を城に残し、護衛にはお銀と弥七をつけて、二人は与兵衛の家から上屋敷に移った。

早苗は由紀と二人で今後について話し合っていた。

「由紀はこれからどうするの?今晩はここに残るの?」

「えぇ。与兵衛さまと過ごすの。二人っきりでね!義父上さまもいないから本当に二人っきりなの!」

与左衛門は若君に呼ばれたそうで今晩は戻ってこない。
屋敷に与兵衛と二人っきりになるらしい。

「いいなぁ。羨ましい…。」

「久しぶりだもの。いいじゃないの、早苗だって今晩助さんと二人っきりでしょ?」

「うん。まぁ…。」
そうだった。わたしも二人きり!

「お互い、ゆっくりしましょ。じゃあ、また明日ね!」

「うん。明日。」


あぁ!二人っきり…嬉しい!

道中長かったが、寝る時同じ部屋でも光圀や新助がいて一晩二人っきりはなかった。

ウキウキしながら上屋敷の方へ歩いていった。

今晩何しようかな。何話そうかな。
抱きしめてくれるかな?
好きだって言ってくれないかな?
思い切ってこっちから好きって言っちゃおうかな?


はっと気が付いた。

助三郎さまの前では格之進だった…。
男なんか抱きしめてくれるわけない。
好きだなんて言ってくれるわけがない。

なにも期待なんかできない…。
はぁ…。浮かれてバカみたい。
いいなぁ、由紀…。


落ち込んだら心の底にあったあの不安が浮かんできた。

バレたら怖い。隠し通しても裏切り…。
どちらも救われないな。

みんなには心配するなと言われたけど…。
今夜打ち明ける?
でも怖い。
もうちょっと先でもいいかな?

気付くとすでに屋敷の近くに来ていた。
いけない。女のままだと入れてくれない。

イヤイヤ格之進に変わって門番に会釈した。

「お戻りですか?渥美様。」

「はい。あの、佐々木はもう?」

「先ほど戻って来られました。探しておられましたよ。」


部屋に戻ると助三郎の姿はなかった。

「はぁ。やだな男は…。女に戻りたい。」

ふと、部屋の外から人の気配がした。
助三郎が手に何か持ってやってきたところだった。

「格之進。戻ってきたか!ん?どうした?元気ないな。」

疲れと、脱力感が顔にも出ていたようだ。

「いや、なんでもない。」

と言いながらも、武士姿の助三郎にポーっと見とれてしまった。

…格好いいなぁ。
ずっとこのままでいてほしいな。

「本当に疲れてるな。どうだ一杯?気晴らしに。」

手に持っていたのはつまみと、酒瓶だった。

「いいな。飲もう。」

なんか飲みたい気分だった。
酔って不安と脱力感を払拭したかった。



「ようやく旅の目的が達成出来たな。」

「ああ、大した事もなく無事にここまで来れた。助三郎のおかげだ。」

何度も助けて、守ってもらった。
もっと力をつけて自分の身は自分でどうにかして、この人をわたしが守りたい。

「そんなことないぞ。格之進がいなかったら何度か危なかった。」

「みんなそれぞれ頑張ったんだよな。そういえば、新助置いてきたけど…。」

上屋敷についてくるかと聞いたら嫌がった。
与兵衛さまの家でも無いらしいし…。

「城下に行ったぞ。帰りのための小遣い稼ぐんだと。それに、武家屋敷は性に合わんらしい。」

ちょっとかわいそう。
紀州に来てからずっと小さくなって本来の新助さんらしくなかった。
やっぱり住む世界が違うのかな。

「そういえば、帰りはどうするんだ?船で近道か?」

ちょっとは早く帰りたいな。不安なこともいろいろあるし。

「いいや。おそらく御老公の事だ、寄り道するに違いない。」

「そうだな、物見遊山もしてみたいとおっしゃるだろうなぁ。」

どうせなら、いろいろ見るのもいいかもしれない。
おいしいもの、綺麗なもの、珍しいもの見てみたい。

「なら、どうだ?京の祇園とか島原なんか?大阪の新地は?」

「はぁ。どうしてすぐそっちにいく?」

なんで遊郭があるところばっかり?

「いいだろ?面白そうだ。そうだ、どうせなら日本の有名な悪所を制覇しよう!
国で友達に自慢できるぞ。」

「…」

何の自慢?遊廓って行って自慢になるのかな?
あんな怖い場所行ってなんになるのか良くわからない。
まず、何するのかよくわからない。

「…お前、女が苦手とか言ってるが、誰かいるんじゃないのか?好い人。」

「…いるにはいる。」

いけない、お酒を入れすぎて口が軽くなった。
女が苦手で通ってるのに。
まぁ、この人も酔ってるから気付かないか。

「おっ。やっぱりあの千代さん忘れられないか?」

千代ちゃんか。元気かな?
予言が一つ当たったからな。連絡しないといけないかな。

「いや、あの子は友達だ。俺の好きなのは…もっと古い付き合いだ。…子どもの時からの。」

「へぇ。真面目なお前らしい、やっぱり一途だな。どんなひとだ?」

目の前でわたしと一緒にお酒飲んでる人。
でも、これは言ったらダメ。

「…優しくて強い。冗談ばかり言って真面目なのかどうかたまにわからなくなる人だ。」

「好いてくれているのか?その人は?」

「どうなんだろ?結婚の約束はしたが、好きだって口でははっきり言ってくれないし、行動でもなかなか表してくれない。
それに俺以外にしょっちゅう目移りして喜んでるんだ。」

つい、今まで思ってたこと口に出してしまった。
いきなりで驚いたようだった。

「お前、結婚決まってたんだ。早く言えよ。水臭いな。」

「ごめん。でも、言うほどでもないかなって思ってたから。」

「まぁ、いい。で、お前の好きなの、変わった人だな。おもしろそうだ。
でも、お前は不安なのか?」

「あぁ、俺なんかよりも大事な人ができるんじゃないかって。そのうち捨てられるんじゃないかって。」

「…そうか。心配かも知れんが、あまり思いつめるな。今度会ったら、自分の気持ち伝えてみろ。相手も恥ずかしいだけかもしれないからな。」

「そうかな?努力してみる。」


それから、思い出話したり、国のこと話したり
いろいろ話して楽しい時間は過ぎていった。
由紀と与兵衛のように男女の甘い雰囲気とは程遠かったが二人だけの時間がありがたかった。




「そろそろ休むか。ちょっと飲みすぎたかも知れん。」

「二日酔いになるなよ。」

「わかってる、おやすみ、格之進。」

「おやすみ、助三郎。」


すぐ隣に助三郎さまがいる。
ドキドキがなかなかおさまらない。
落ち着かないと、早く寝ちゃわないと。

しかし、お酒が入ってたので知らないうちに眠りに落ちていた。






「…早苗。」

えっ?
びっくりして目が覚めた。

まだ夜中か…わたしは?
良かった。格之進のまま…。
だったら、なんで?

横を見ると、助三郎はぐっすりと眠っていた。

なんだ、寝言か…。
でも、寝顔も格好いいなぁ。
いい男ってこういう人なんだろうな。

中身だって、優しいし、頭良いし、強い。
たまにおふざけが過ぎるし、いい加減なとこあるし、お酒弱いけど、おもしろい。
…大好き。

ハッと気が付いた。
作品名:雪割草 作家名:喜世