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雪割草

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〈21〉友達



 すべてが終わった後日、早苗は家に帰っていた千代に会いに行った。
二人はしばらく歩いた後、近くの木陰に座って話した。

「……助けていただいて、ありがとうございました」

 例を言う千代に、早苗は答えた。

「いいえ。当然のことをしたまでです。でも、千代ちゃんが無事でよかった」

 すると、千代は少し寂しそうな目で呟いた。

「……格さん、お侍さんだったんですね」

 武士と町人は身分の差が大きい。

「ごめんね。黙ってて……」

 しかし、彼女は笑顔だった。

「いいえ。それより、もう発たれるんですか?」

「はい、明日朝早くに。それで今日はお別れをと……」

 早苗は友だちになれそうだった千代との別れが寂しかった。
しかし、彼女には仕事がある。責任がある。
 発たなければいけない。

 千代は、苦し紛れに小さく懇願した。

「……まだ行かないで」

 早苗は謝った。
彼女の力ではどうにもできない。

「ごめんなさい、仕事なのでこれ以上長居が出来ないんです……」

「わかってます。でも、でも……」

 千代は、口ごもった。
しかし、早苗は彼女が何かを訴えようとしているのがわかった。

「なに?」

 千代は口早に言った。

「……格さんには、大好きな人がいらっしゃる」

「へ?」

 助三郎が好きなことを見抜かれたのかと一瞬思った彼女はどきりとした。
しかし、次の言葉にもっと驚いた。

「でも…… 好きです」

 早苗は、千代に男として好かれていたことに衝撃を受けた。
男の姿では友だちになれなかった。
 しかし、彼女は男として彼女を振る事を選ばず、自分の正体を明かすことにした。

「ごめん…… 本当に、ごめん」

 早苗は頭を下げた。

「わかってます。わたしこそごめんなさい。身分違いなうえに、横恋慕……」

 千代も頭を下げた。
早苗は慌てて彼女の顔をすぐに上げさせた。

「いや、違う意味で、ごめんなんだ」

「……どう言うことですか?」

 キョトンとした彼女を前に、早苗は深呼吸した。

「黙ってた、大事なことがあるんだ。聞いてくれる?」

 千代は素直に返事をした。

「はい」

 早苗は、意を決して告白した。
 
「……信じてくれないかもしれないけど、俺は男じゃない」

 千代は驚き目を見開いた。

「え?」

 早苗は続けた。

「この姿は、偽物なんだ……」

「ということは、狐ですか? それとも狸?」

 突拍子もないことを言われ、早苗は驚いた。

「え? 違う……」

 すると、彼女は早苗の後ろを見た。

「尻尾がないから…… 妖、幽霊?」

 人成らぬ物にされるのが嫌だった早苗は慌てた。

「人間です! 人間!」

 千代は赤面した。

「あ、ごめんなさい……」

 早苗は百聞は一見にしかずと、本当の姿を見せることにした。

「見せた方がいいね。俺は、人間の、こういう者なんだ……」





 早苗は、初めて事情を知らない者の前で女の姿に戻った。
千代の眼は丸くなっていた。

「……女の子? あ、では一番好きな人は、助さん?」

 早苗はこくりと頷いた。

「ごめんね。黙ってて……」

 千代は微笑を湛え、首を振った。

「気にしない。お名前は?」

「早苗っていうの」

 やっと本当の名前を言えた彼女は、心が軽くなった気分だった。
すると、千代が彼女に言った。

「早苗ちゃん。お願いがあるの」

「なに?」

「……友達でいてくれる?」

 早苗はその言葉に驚いた。
到底無理だと思い、諦めていた『友達』
 その言葉が嬉しく、彼女は飛び上らんばかりだった。

「お友達になってくれるの?」

「早苗ちゃんと、お話してて面白かった。楽しかった。見た目が格さんでも中身は変わらないでしょ?」

 優しい言葉に早苗は更に嬉しくなった。

「ありがとう」




 二人はそれから女同士楽しくおしゃべりを始めた。

「助さんには、格さんの正体隠しているの?」

「そう、旅に出る時このままで付いてくって言ったら怒られたから……」

 あの時の怒った助三郎の顔をまだ覚えていた。
いつか正体が露見した時、再びあの顔を見ることになると思うと、悲しくなる早苗だった。

「そうなの…… 心配してくれてるのね」

 彼女の意外な言葉に、早苗は首を傾げた。

「そうかな? 邪魔だから、怒ったんじゃないかな?」

「邪魔なんかじゃない。心配だから、怒ってくれたの。助さん、そういう人でしょ?」

「そう? 良く分からない、あの人……」


 早苗は千代といろいろ話している間、さっき言われて気になったことを思い出した。

「ねぇ。狐、狸って言ってたけど、そういうの来たこと有る?」

 千代はくすりと笑った。

「有るわ。でも、尻尾が見えるから、直ぐにバレて帰っていくの」

 早苗はその話に惹かれた。

「可愛い? そういうの?」

「ええ。とっても」

 そう言う千代を見て早苗は更に興味をひかれた。

「見てみたいな…… わたし幽霊は見えるんだけど、そういうのはまだ見たこと無くって」

 今度はその言葉に千代が驚いた。

「早苗ちゃん、見えるの?」

「……うん。小さい時から」

「あまり面白くないものね、幽霊見えても……」

 二人とも常人には見えないものが見える。
意気投合した二人は声をひそめて話を進めた。

「……話したことある?」

「……ええ。早苗ちゃんは?」

「まだないの…… コツとかある?」

「一つ。怖がらなければ大丈夫」

「案外簡単なのね。やってみるね」


 それからも二人は楽しい時間を過ごした。
しかし、時は止まらない。別れの時はやって来る。

「時間、大丈夫?」

「あ、ちょっと危ないかも。もうそろそろ行くね」

 早苗が身支度をしようとしたところ、千代に止められた。

「ちょっと待って。お礼に見てあげるね、早苗ちゃんの未来。ちょっとだけだけど」


 千代はどこか遠くを見るような感じで、何かを探っていた。
早苗は彼女の邪魔にならないよう、そっと声をかけてみた。

「……どう?」

「旅の目的は無事達成される。それと…… 仲間が増えるわ」

「仲間ね。覚えとく」

 まだ見ぬ新たな仲間に彼女は思いを馳せた。
しかし、次の彼女の忠告に早苗は緊張した。

「助さんと、早苗ちゃんに…… いろいろあるわ」

「危ない?」

 すると、彼女は眉間に皺をよせたかと思うと、手を額にやった。

「大丈夫!?」

 ふらつき、気分が悪そうな彼女を支えた。
千代は呼吸を整えると、言った。

「……危ない時もあるみたい。ごめんなさい。なぜかはっきりと見えなかった」

 何かわからない、危機。
早苗はそれが何なのか知っているような気がして、気分が沈んだ。
 そんな彼女の手をそっと握り、千代は優しく言った。

「心配しないで。未来は変えられる。努力しだいで」

「変えられるの?」
 
 早苗は千代の眼を見た。
彼女の瞳は、自身で満ちていた。

「そう。変えられる。だから、最後の最後まで、あきらめないで」

 早苗はその言葉に勇気をもらった。

「わかった。諦めない」

 そう彼女に力強く誓った。
作品名:雪割草 作家名:喜世