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雪割草

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〈19〉黒幕は誰?



 それから二三日は普通に何事もなく過ぎていった。
しかし、偵察に出ていたお銀が情報を持ってきた。

 光圀は配下二人と共に彼女の報告を聞いた。

「千代さんの先読みは有名で、今までは町の人たちを助ける為だけにやっていたそうです。それが……」

 彼女はこの藩の内情を掴んでいた。

 掛川城の城主は病気で寝込んでいる。
一進一退を繰り返しているが治る見込みはない。
 しかし、遺言をまだ書いていない。後継ぎを決めていない。
 候補には男が二人。側室腹の兄と正室腹の弟。

 この場合、兄弟間で勢力争いが勃発するのが普通。
しかし、この兄と弟は仲が良かった。

「……藩主は兄弟どちらも可愛がっていたそうです」

 お銀は見てきたまま、聞いたままを伝えた。
助三郎は少し考えた後、彼女に聞いた。

「では、兄弟の母親に問題が?」

 母親はよく後継ぎ争いの原因となる。
息子可愛さに、盲目的になる。

「そうじゃないの。側室は正室の子、弟の方を後継ぎに立てるべきと言っているんですって」

 お銀の報告を聞いていた早苗は、解らなくなった。

「じゃあ、良くない事を考えているのは、誰なんだ?」

「側室の父である家老よ」

 
 光圀は考えを巡らせた。
家老と兄弟、そして千代。
 何がつながるのか。

「家老は、千代さんに何かを読ませたいのじゃな?」

 お銀は、声を低くした。

「一つは、いつ藩主が無くなるか……。また、どちらに家督を相続させるのか……」

「……それを知って何とする?」

「もし兄でなかったら、弟をいまのうちに亡きものにと……」

 恐ろしい計画に早苗と助三郎は息を飲んだ。
光圀は怯まずお銀の報告を促した。

「ほう……。それと、他には?」

「……未来を知り、藩の政で実権を握る。ひいては畏れ多くも、幕府に取り入ろうという魂胆です」

 悪党の野望に、光圀も言葉を失った。



「ご隠居、成敗しなければ……」

 少しの後、助三郎は主にそう告げた。
光圀も彼と同じ考えだった。

「そうじゃ。謀反人は捨て置けぬからの。それで、あちらの動きは?」

「はい、それが……」

 お銀は光圀にだけ聞こえるよう、本当に小さく重大な報告をした。

「……なに? 千代さんの?」







 次の日、由紀と助三郎は千代を交えておしゃべりを楽しんでいた。

「千代ちゃんて、わたしより年下なの? 驚いたわ!」

 由紀が驚いているその隣で、助三郎は冷静に言いきった。
 
「そりゃ由紀さんよりずっと落ち着いてるからだろ?」

 由紀は彼を睨みつけた。

「どういう意味よ!? 助さん」

 しかし、怒った由紀に彼は動じない。

「喜怒哀楽が激しいと幼く見える。だからじゃないか?」

 ニヤニヤしながら言う彼を、由紀は遠くを見る眼つきで眺めた。

「なんだ? その顔」

「……早苗が可哀想、なんでこんな男を選んだの?」

「こんなって、そっちこそ失礼だ!」

 ぶうぶう文句を言いあい、とうとう由紀の許婚が出てきた。
彼女は眼を輝かせ、助三郎を無視した。

「あぁ、与兵衛さま……。賢くて優しいわたしの与兵衛さま……」

 彼も負けてはいなかった。
一刀両断に彼女の世界を掻き消した。

「はいはい、ノロケはまたな。……ところで千代さん? 格さんは、どうです?」

 膨れっ面になっている由紀を見て笑う千代に、彼はそう聞いた。
千代は少し顔を伏せ、小さく呟いた。

「良い人です。優しくて……」

 彼はその言葉に満足げな表情を浮かべた。

「うん。いけるな。この調子だ!」

 由紀は意地悪く笑った。

「良いのかしら? ……大事な大事な格さんが、千代ちゃんに取られちゃうわよ」

 二人の『仲の良い友達同士』の姿を見ていた千代は、くすっと笑うだけだった。
一方、助三郎は由紀の真意などちっともわからない。

「なんで? 相手ができれば嬉しいじゃないか」

「そう?」

「あいつは女が苦手だ。こんないい機会はめったにない!」

 先輩面する彼を咎める者は、誰も居なかった。





 その頃、光圀と早苗はお銀と共に千代の家にいた。
そこは何者かに踏み込まれた跡が、痛々しく残っていた。

「酷い……。千代さんの父上と母上は?」

 早苗は酷い有様に心を痛めた。

「弥七さんが助けて匿ってる。心配しないで良いそうよ」

 早苗はほっと一安心した。
しかし、のろのろしていてはいけない。

「早いところ家老を懲らしめよう。このままいくと千代さんはおろか町中この家のようになりかねん」

「そうですね。とんでもない家老だ……」

 早苗は怒りに震え、ぐっと手を握り締めた。
悪事に怒り、正義に燃える部下の姿を光圀は見やり、もう一人の部下に指示を出した。

「お銀、引き続き偵察を頼むぞ」




 その夜、風呂上りに早苗は縁側で月を見上げていた。
綺麗な月のおかげか、彼女はその日に感じた怒りや憤りが解けていくかのように感じていた。
 そこに、ふっと人の気配が。

「格さん、お月見ですか?」

 千代だった。
彼女は早苗の横に座った。

「あ、千代さん。慣れましたか? ここの暮らしに」

「はい。束縛がなくて、気楽で……。それに皆さん、とても優しいので……」

 優しい彼女の笑顔に、早苗は安心した。
彼女に、父母の受難を伝えてはいなかったが……。

「よかった。元気そうで……」

 早苗が微笑み返すと、千代は早苗の瞳の奥をじっと見つめて言った。

「……聞いてもいいですか?」

 笑みが消え、真剣な顔つきになっていた。
彼女に父母の話が漏れたのではと、疑心暗鬼に駆られた早苗だったが、真面目に受け答えた。

「何でしょうか?」

 少しの空白の後、千代は口を開いた。

「……格さんは、どういうお方ですか?」

「……え」

 思いがけない言葉に、返す言葉もなく呆然と千代を見た。
すると、千代は俯き加減で少し早口で言った。

「今まで会った男の人と、違うんです。雰囲気が……」

 ぎくりとした早苗だったが

「……そ、そうですか?」

 それしか言えなかった。
すると、千代はあわてて弁明し始めた。

「ごめんなさい、変な意味ではないです。その、話しやすいって言うか……」

 早苗は、ほっと一安心。

「あ、それなら構いませんよ。私も、千代さんとは話しやすいですから」

 すると、千代は不安げにつぶやいた。

「……いつになったら、わたしの先読みを諦めてくれるんでしょうか?」

 しつこい家老たちのこと。生半可な手ではあきらめそうにもない。
しかし、千代には自分の生活がある。家族がいる。

「……早く家に帰りたいですよね?」

「……はい」

 早苗は優しく彼女に言った。

「できるだけ早く帰れるよう、お手伝いしますね」




 暫く二人は縁側に座っていた。
黙って月を見ていた。
 ふと、早苗は思ったことを口にした。

「……なんで権力が欲しいんでしょうね?」

 すると、千代が答えた。

「男の人って、人に勝ちたい、人の上に立ちたいって気持ちが強いんだと思います。だから、権力を追い求めるのではと……」
作品名:雪割草 作家名:喜世