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雪割草

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〈91〉西山荘



早苗は朝からイラついていた。
仕事をしようと準備している間に、助三郎に逃げられたからだ。
水戸に一昨日の晩やっと到着し、すぐさま帰宅しようとしたが、決算報告やらなんやら仕事の仕上げが残っていたので、西山荘に宿泊となってしまった。
一日ほどで終わると見込んだが、助三郎が怠けるせいですでに三日目になっていた。
本気を出せば一日で終わらせられる能力があるにもかかわらず、遊んで仕事をしない。
そのうえ、とうとう今朝姿をくらました。
普通なら職務放棄で切腹物。
寛大な光圀が有り難いが、それに甘える助三郎も助三郎だった。

早苗は、家までさほど遠くない路地で彼を見つけ、近寄ろうとした。
しかし、彼の前に居る大嫌いな人物を見つけ、氷ついた。

それは天敵の、弥生だった。
男に媚を売る目つき、しぐさで助三郎にすり寄る様は京の島原で見た遊女以上にいやらしく、武家の女としてはあるまじき行為だった。

「佐々木さま、早苗がいないのご存じ?」

「は?まぁ…。」

「噂では、違う男が出来て駆け落ちしたんですって。」


早苗は聞こえてきたこの言葉に怒りを覚えた。

…一発お見舞いしてあげようかな?
あ、でも、こんな太い男の腕で殴ったら、死んじゃうかも。
それはさすがにできないか。

固めた拳をひっこめた。
しかし、それと同時にいつか見た恐ろしい悪夢が記憶から呼び覚まされ、変な汗が出てきた。

…あの夢の中では助三郎さまはあのうっとおしい弥生と去っていった。
嘘だってわかってるけど、怖い。


突っ立ったままの早苗に助三郎は気づいたようだ。
少し、驚いた顔をした後、手招きした。

「おう、格之進。ちょっと来い。」

その言葉に従い彼の傍に向うと、そっと耳打ちされた。

「…落ち着け。…黙って俺に任せておけ。何も言うなよ。」

「…わかった。」

助三郎はとびきりの笑顔を作り演技し始めた。

「そうですか。早苗は違う男が出来ましたか。酷いなぁ。」

演技とは知らない弥生は調子に乗り、好き勝手を言い始めた。

「あの、ですからあんな変な子やめてわたしを…。」

早苗はものすごく腹が立った。

変って、何この女!?
前よりとんでもない女になり下がったんじゃないの!?

一方、同じ言葉を聞いた助三郎の反応はもっと凄まじかった。
弥生を蔑み、斬るような眼をほんの一瞬だけした。
それに気付いたのは早苗だけだった。
しかしすぐさま笑顔に戻り、弥生に向って驚くことを言い始めた。

「すみません、旅の間に私も趣味が変わりましてね、女は彼女以外受け付けないんですよ。」

「…え?」

「それに、この男と誓いあったので、無理なんですよ。な?」

というと助三郎は早苗の手をいきなり握った。

「へ?あぁ。そうだな。」

さらに、これ見よがしに抱きよせた。
あまりに異例だったので、早苗は驚いた。

なんで、抱きよせるの?
普段しないのに。

「…何する?」

「…落ち着け。俺もこの女大嫌いだ。二度と立ち直れない様にしてやるから、ちょっと我慢しろ。」

「…そうか?」

見た目、男二人が寄り添い、手を握っている光景に
弥生の眼は皿のようになっていた。

「…男色?」

普段なら助三郎はここで怒るが、今回は違った。

「…人聞きがわるいですね。高尚な『衆道』ですよ。武士なら当然。
私にもやっと心から愛せる男が見つかりました。…な?格之進。」

「…なんだ?助三郎。」

じっと見つめてきた助三郎を見つめ返した。
少し笑いそうになったが、ぐっといこらえた。
それだけのことだったが、弥生への影響は大きかったようだ。
打ちひしがれ、丸かった眼は汚いものを見るような眼に変わていた。

「…最悪。」

この言葉を待っていたかのように、助三郎は弥生に向って怒鳴り始めた。

「…なに、最悪だと!?いくらあなたでも言っていいことと悪いことがある。侍を愚弄するか!?」

「そんな、滅相もない。ただ…。」

「なんです?はっきりおっしゃい。」

今まで女に見せたこともないような恐ろしい眼で弥生を睨みつけていた。

「…失礼します!」

顔を真っ青にして、走り去って行った天敵を見送り、早苗は罵声を浴びせた。

「大バカ傲慢女、ざまぁみろ!助三郎をたぶらかそうなんて十年早いぞ!二度と俺らに近寄るな!」

「口が悪いぞ。それくらいにしとけ。」

まただった。
男の振りをしすぎたせいか、汚ない語彙が増えた。

「あぁ。…ありがとう。お前の外聞悪くなるかもしれないのに。」

「いいや。あの女、衝撃的過ぎて誰にも言えんだろう。大丈夫だ。」

「そうかな?」

少し早苗は安心した。
将来、男色一本だと言われたら出世にかかわる。


「なぁ、礼といったらいかんかも知れんが…。」

「なんだ?」

「…早苗に戻ってくれないか?」

期待のまなざしで見られた。

「なんで?」

「会いたい!江戸からずっとその格好だろ?」

一瞬、戻って抱きつきたくなったが、本来の仕事を思い出し、心を鬼にした。
すべては助三郎さまが怠けたせい!

「ダメだ、仕事が全部終わってからだ!早く戻るぞ!」

腕を掴み、連行しようとしたがするりとかわされた。

「したくない!早苗に会いに行くんだ!」

そう言うや否や、じりじりと二人の間の距離が拡大していた。

「ガキみたいなことぬかしてるんじゃない!…おい、待て!逃げるな!」

ついに助三郎は早苗の前から逃げ出した。

「イヤだー!」

「走るな!」




走って逃げながら、助三郎は世迷言を言っていた。

「あぁ。許嫁に追っかけられている!モテる男の幸せを今俺は味わっている!」

「はぁ?姉貴はいないぞ!」

「いや、姿が男だが、許嫁だ!」

「お前バカか!?」

普段なら大好きな許嫁にバカなどとは言わない。
今は、男、そう割り切った。

「バカって言うな!くそ真面目!」

「くそは余計だ!軟派野郎。」

「なんだ、カチカチの山の狸さん!」

「それを言うならゲンコツ山だ!タヌキちゃんに謝れ!」

「なんだ、タヌキちゃんって。おっ、クロも追っかけっこするか?」

互いに無意味な言い争いをしながら走り回っているうちに、西山荘の近くで一人遊びしていたはずのクロまで参加していた。
吠えながら尻尾を振って二人の間を縫って走っていた。
強力な仲間を見つけた早苗は、喜んだ。

「クロ!その男を捕まえろ!」

「ワン!」

「おい、お前は早苗の言うことを聞くのか?」

「ワンワン!」




助三郎はクロに捕まる前に自主的に止まった。
彼に女の子二人が声を掛けたからだった。

「あ!佐々木さま?」

「これは、春恵殿、奈美殿。お久しぶりです。」

「お帰りになってたんですね?早く早苗を探した方が良いですよ。」

「え?あぁ、まぁ…。」

なぜ皆が早苗の行方を気にしているのか不可解だった上に、何と返そうかわからなくなった。
そんな助三郎に、早苗はとうとう追いついた。

「助さん!やっと諦めたか!あ…。」

追いついたはいいが、最悪な事態に陥った。
春恵、奈美、なんで!?


「…佐々木さま、こちらは?」

仲のよい女友達の前に、男の姿のまま出てしまった。
作品名:雪割草 作家名:喜世