雪割草
〈45〉男の種類?
紀州を出て、京を目指す一行はひとまず大阪についた。
宿で日誌と帳簿付けに勤しむ早苗の目を盗み、
助三郎は新助とこっそり抜け出し、夕餉間近になってからやっと帰ってきた。
勝手に抜けだしたのにもかかわらず、全く悪びれてない二人に早苗は説教を淡々とし続けていた。
「お前だって何回か俺と一緒に抜け出したろ?良いじゃないか…。」
「それはそうだが、心配だったんだ。お前らが知らないところに行って何かあって、戻ってこられなくなったりしたら、こっちは不安だろ?」
「ガキじゃあるまいし。ちゃんと戻ってこられるよ。」
「本当、格さん助さんにご執心ですねぇ。」
「うるさい、新助。お前は一言多いんだ。心配してやってるのにその言い種は何だ。」
「お前、心配性すぎるんだよ。俺は大丈夫だ。」
「…お前は昔からそうだ。大丈夫って言っておきながら変なことして怪我したり、熱出して寝込んだり、真面目って言っておきながら変なこと言ったりやったり。言葉と行動が伴ってない。」
「なぁ。」
助三郎が口を挟んだ。
すかさず早苗がそれに釘を刺した。
「話を黙って聞く!どうしてひとこと誰かに言ってから出て行くことができない?」
しかし助三郎は全く違うことを考えていた。
「なぁ、昔ってなんだ?お前と子どもの頃会ったことあったか?」
「あっ…。」
怒ることに集中してつい、口を滑らせた。
でも、鈍感なくせになんでそこだけ聞いてるの?
焦る早苗と、一人で考えている助三郎の様子を、由紀とお銀は面白半分で見ていた。
「どうします?格さんを助けますか?」
「大丈夫、助さん鈍感野暮天だから。気づかないわ。さぁ、どうする?格さん。」
しかしその前に、光圀が助三郎と新助をかばって間に割り込んだ。
「格さん、それくらいにしなさい。せっかくの夕餉がまずくなる。」
「やった。ご隠居、ありがとうございます。」
「助かった。足が痺れて危なかったんですよ。」
よろこぶ男二人にイラッとした早苗は光圀に訴えた。
「だめです。この二人にはまだ説教が足りません!男はいくら言ってもわかりませんからね!」
怒る早苗をよそに、こそこそ話していた。
「…男って、あいつだってそうなのにな。」
「…種類が違うんじゃないですか?おいらと助さんは不真面目で格さんはくそ真面目。」
その様子に気づいた早苗は再び説教を始めた。
「まだ夕餉は運ばれてこない。それまで正座だ!」
「ちぇ…。せっかく終わったと思ったのになぁ。」
「新助、黙ってられないなら『ごめんなさい、もうしません』って百回書くか?」
「百回も?手が疲れるなぁ…。」
「俺、そのほうがいい!」
「ダメだ!助さんは字が汚い。ミミズがのたうちまわった絵を描こうって寸法だろ?」
字をあまり書かない生活が続いていたせいか、以前よりも字が雑で汚くなっている気がしていた。そんな人に反省文を書かせても読めたもんじゃない。
しかし助三郎は反論した。
「習字して前よりは良くなったんだぞ。」
「本当か?怪しいなぁ。」
「本当だ!何通か文を出した、返事が返って来ないが…」
「それは宛名が読めなくて届かなかったんだろう。残念だな。」
「あんまりだ…俺たちをいじめて喜ぶなよ。」
「喜んでなんかない。俺はそんな変な人間じゃないからな。」
「格さん、怖すぎますよ。おいらおなか減った…。」
「なら、黙ってろ。黙って正座してろ。」
言ったそばから助三郎が口を挟んだ。
「ほら、夕餉が来たぞ!なぁ、格さんもういいだろ?」
「口をきくなと言っただろ!どうしてできない?」
「格さん。夕餉が冷める。説教は後にしなさい。」
光圀も再び止めに入った。
「やった!飯だ!」
しかたない、冷めちゃったらおいしくない。
でも、お仕置きは続ける。
「酒は抜きだからな。仲居さん、お酒は下げてください。すみませんね。」
「くっ…。卑劣な。」
「ふん。いい気味だ。」
「これ、おいしいなぁ。どうやって作るんだろ?」
助三郎がしょげている側で、新助はすでに夕餉に手をつけていた。
「新助!勝手に食うな。ご隠居が箸をつけてからだ!」
「ごめんなさい…。」
「もうそこまでじゃ。格さんそう怒鳴るでない。ほかの部屋に迷惑じゃ。二人にはワシが理由をしっかり聞くからの。」
言葉のとおり、光圀は早苗を横に、助三郎を目の前に座らせた。
「助さん、新助、どこに行っておったか言いなさい。」
「ちゃんと言うんだぞ。」
「大阪城を見て来ました。」
「へぇ。それで?」
「江戸城より小さくて見劣りしてしまいました。夏の陣で落城する前の面影はありませんでした。」
「まぁ、秀忠公が建て直したのが今の城じゃからの。」
「どうだ、格さん。真面目な理由だろ?」
「ふぅん。でも次から理由なしに出てったらただじゃおかんぞ。」
「わかったよ。もうしない。ちゃんとするから。」
「風呂に入ってきます。では。」
早苗の姿が部屋から消えるなり、光圀は助三郎に問いかけた。
「…助さん。あれは嘘じゃろ?本当は何しに行った?」
「ご隠居、城を見に行ったのは本当ですよ。…しかしそのあと、新地に行ってきました。」
「ほう、どうじゃった?」
遊び好きな光圀だけある。興味津津といった感じだった。
「…吉原よりは華やかではありませんでしたね。」
「遊んできたか?」
「芸妓の舞でもと思いましたが、そんなに時間はなかったので。」
「そっちではない。遊女は?」
「は?まぁどんな女がいるかは見ましたが。冷やかしに行っただけです。
これだけで国の仲間との話の種にはなるので。」
「なんじゃ、もったいないの。…そうじゃ、新地はあきらめて京に行ったら祇園と島原二か所とも行こうかの?どうじゃ?」
「両方とも行くのですか!?」
紀州で格さんと飲みながら冗談で話していたが本当に行くおつもりだ。
上様からの大事な仕事が終わった後だから、羽を思いっきり伸ばしたいと思われてるのかもしれないな。
「もちろんじゃ。楽しみにしておれ。ハッハッハッハ。」
「格さんに怒られますよ。金がないって。」
「ワシの金で皆で遊ぼう。祇園ならおなごも大丈夫じゃからの。」
「はい。わかりました。」
男はみな同じだな。
こんなに身分が高いお方も考えることは一緒だ。
けど、前からうすうす感じていたが、格さんはちょっと違う気がする。
新助が言ってたように、種類が違うのかな?
やたらとこういう話に疎い。芸者遊びも激怒するくらいだ。
そんな真面目な純粋なやつを、京の祇園はともかく島原なんかに無理に連れて行ったらおかしくなっちまうんじゃないか?
でも、結婚決まってるっていうんだから大丈夫かな?
まぁ、ヤバくなったら助けてやろう。それが友達ってもんだ。
助三郎はこう勝手なことを考えながら床についた。