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いばらの森

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01 ; Anywhere Is




 エドワードが不審者に拉致されかかった、という話を司令部で一番最初に耳にしたのは、世間的にはその後見と目されている男―――では、なかった。では誰かといえば、…そのお目付け役である。
「…え?」
 彼女は電話の向こうの、幼さの残る高い声に短く返した。音声のみではあるが、その意図は相手に正確に伝わった。
 ノイズが混じるとはいえまだ高い―――少年の声は、はい、と肯定を返す。
「…エドワードくんが。誘拐…?」
『されかかった、というか。…実際誘拐目的かどうかもわからないんです。ただ、…僕がちょっと傍を離れたほんの一瞬なんですけど…、囲まれてて。普段なら…誉められたことじゃないんでしょうけど、腕に物言わせて切り抜けるはずの兄さんが真っ青になってて…』

 真っ青に―――「あの」エドワードが?

『…慌てて声かけたら、…その、何人かいたんですけど、その中でも割と普通っぽい男がボクに挨拶するんです』
「…挨拶?」
 それは―――変だろう。
 誘拐を目的とする人間が、堂々と挨拶?攫おうとする人間の身内に?
『ええ。…「彼女を迎えに来た」から、と』
「……!」
 リザは、ふとしたことで、「あの」鋼の錬金術師が少年ではなく少女であることを知った。
 …それはおよそ二ヶ月前の嵐の晩。
 イーストシティは大型の嵐が通過により、様々な被害を受けたのだが、まさにその晩、エドワードは外出したまま遭難した。それで血相を変えて(心情的な表現としては妥当)司令部にアルフォンスが飛び込んで来た時は、彼女もそんな事情は知らなかった。しかし、帰らないと気を揉まされていたエドワードが…女性に関してはいわくつきの上官に拾われ、さらに彼の自宅から司令部に向かうには必要な経路である橋が落ちたことで(他にもルートはあるが冠水の恐れがあった)、一つ屋根の下にふたりきりになってしまい―――少年は気が気でなかったらしい。
「信じてもらえないとは思うんですけど」
 思いつめた声でアルフォンスがそう切り出した時、リザははて、と首を捻ったものである。そして聞かされてもなお、当初は耳を疑った。
 しかし少女であると聞いてあらためて思い返せば、確かにエドワードの肩幅は随分と狭いように思えた。子供だからだろうと思っていたが、よく考えたら既に本当に小さな子供の年齢はとうに脱している。
 だから心配だ、とそれこそ身悶えるアルフォンスとともに、繋がらなくなった電話を睨んでいたリザにその時出来た事といったら、上司の理性を信じることだけだった。
 幸いにして心配は杞憂に終わり、ロイとエドワード、そしてアルフォンスの三人の中で何らかの話合いが持たれたようだった。その内容までは、リザも知らない。しかし上司が倫理に悖る行いはしていないらしいことを知ればそれでもう充分で、さらに当人達の間で意思の疎通がなされているなら何も心配はない。ゆえに、彼女の中には、エドワードが実は少女であること、事情があって少年として偽っていること、またそれを続ける必要があるということ―――といった理解のみが残り、今に至っている。
「…どういうことなの?」
『…。にいさん、絶対喋ろうとしないんです。でも、…今日は挨拶に来ただけだ、なんて言って、…ボクあんまり人のこと悪く言いたくないですけど、すごく嫌な感じの笑い方するヤツだったんです!』
「…………」
『気障っていうか、なんか…あれなら大佐の方がずっと紳士ですよ』
「…………そう…」
 リザは微妙な顔で明後日の方向を見た。
 誉められているのだかけなされているのだか…。
『…でもとにかくにいさん、それから、口には出さないけどほんとに怖がってて、…よく眠れないみたいで。…だから、…ほんとに図々しいお願いなんですけど…』
 アルフォンスはそこで言いよどんだ。
 こうして電話してきていてもなお、甘えることに躊躇があるのかもしれない。
「―――遠慮することはないわ。…エドワード君は国家錬金術師。いわば国の大事な財産よ。それを守ることに異を唱える人などいるわけがないし、いたとしても即刻軍事法廷にかけられるわよ」
 さらりとリザは答えた。軍の有能な中尉の顔で。
 遠慮するなと言ったところで彼は気にはするのだから、あえてこういう言い方をした方がいいだろうと判断したのだ。
『…ありがとうございます、中尉。…じゃあ、これからイーストへ向かってもいいですか?』
「ええ」
『とりあえずにいさんにはうまく言い含めますから。ボクが彼等の特徴をお話して、軍で調べてもらう…って、お願いしてもいいですか』
「いいわ。…そんなに怯えていたなら、エドワード君に思い出させるのも酷でしょう…」
 リザは目を細め、たまたま現在は席を外している上官の席を見た。
「でも、…大佐には報告するわよ?よくって?」
 そしてロイがそれを知れば、エドワードに問い質すだろう。
 …嫌な役目は上官に代わってもらうべきだ。リザにも至極当たり前の人間的な部分があるので、出来ればエドワードを苦しめるようなことはしたくない。…可哀想ではないか。
『それは…はい。…というか、実は』
 ここで電話の向こう側、少年が苦笑した。
「……?」
『それを期待してたんです…ボクらがついてすぐに報告して、だと、…興奮したりするかなって…。あ、勿論大佐がって言うんじゃないですけど、にいさんも。だから中尉から伝えてもらえば、着いた時すぐそのことがお話出来るでしょう?』
「……なるほどね」
 ロイはエドワードのことをかなり気に掛けているから、確かにそんな不逞の輩の話を聞いたらそれなりに興奮もするだろう。だがそれでは、エドワードを頑なにさせる危険がある。
 つまりアルフォンスがまずリザに電話してきたのは、緩衝材として彼女を巻き込むためだったというわけだ。…抜け目のない少年である。将来有望というか。
「…荒れないように善処するわ。だから、早めに来てね。でないと…」
 ここでくすりと笑って、彼女は一拍置いた。
『でないと?』
「あの方、直接迎えに行ってしまうかもしれないわ」
 

 早足で秋が駆けて行くそんな季節、高く青い空に浮かぶ雲を窓の向こうに見ながら、どことなくエドワードはぼんやりしているように見える。そして、そうやって大人しくしていると、暴れ騒ぎ回っている時にはけしてわからない容姿の繊細さが露になる。伏せた睫毛の長さや、憂いのこもる眼差し(アルフォンスにはそれが寝不足によるものとわかっているが)、季節のせいもあり白さの増した肌に、黄金を溶かしたような髪と瞳…幼さの残る顔立ちではあるが、その輪郭は充分に整って、見る者の目を奪った。
 これなら暴れてくれた方が楽―――とアルフォンスが溜息をついたのは、既に数える気にもなれないナンパ男の撃退の後である。大抵の人間は鎧の巨体から発せられる拒絶と威圧のオーラにこそこそと引き下がるのだが、馬鹿な人間というのはどこにでもいる。ぼんやりしているエドワードの肩に腕を回そうとする図々しい男もいて、こちらは容赦なく払いのけさせてもらった。ちなみにエドワード本人はといえば、心ここにあらずな様子で外を眺め続けていた。隣で誰が何を言っても聞こえていないような…。
「…にいさん」
作品名:いばらの森 作家名:スサ