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飛空都市の八月
飛空都市の八月
novelistID. 28776
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Holy and Bright

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chapter 1



◆1

 「何ですってぇ!」
 目の前で同じ女王候補であるロザリアが、素っ頓狂な声をあげた。
 「ジュリアス様と、エリューシオンへ行って一週間滞在する、ですってぇぇぇ!」
 「ひ、ヒドイよね? し、しかも私とジュリアス様の二人っきりだなんて、あんまりだと……」
 涙を拭いつつ、まだしゃくりあげながらも話すアンジェリークの言葉を遮り、ロザリアが叫んだ。
 「ふ……二人っきり、ですってぇ?」
 「……え?」
 持っていたハンカチを動かす手を止めてアンジェリークは顔を上げた。ロザリアは怒りを顕にしていた。
 「ロザリア……?」
 「どういう意味なの、それは」
 心なしか声音が冷たくなっている。
 「だから、あの、女王陛下のお達しでディア様が」
 「ディア様はいいから、何故あなたがジュリアス様と二人っきりでエリューシオンに一週間滞在することになったのか、おっしゃいよ」
 腰に手を当てロザリアは、アンジェリークより少し身長が高いだけなのに、はるか下を見下ろすかのように、じろりと睨んだ。
 「ふ、ふぇ……」
 

 女王補佐官の執務室へ来るよう言われたアンジェリークは、何の用だろうと思いつつ彼女の部屋へ向かっていた。試験も中盤戦、最初は訳もわからず闇雲に育成していたためにロザリアとの差がかなり開いていたアンジェリークではあったが、今はもうそれなりに守護聖様方との親交もあり、育成も順調に進んでいると思う。
 思うが……。
 ディアの部屋に入り、挨拶をしていると、扉をノックする音がした。
 「私だ」
 その声にアンジェリークはブルッと肩を震わせた。ディアはその様子を苦笑しつつ見ながら扉を開いた。
 「お忙しいところ、お呼びだてしてごめんなさいね。さあ、入って」
 促されて部屋に入ったその人−−光の守護聖ジュリアスは、先客のアンジェリークを見て少し顔を強ばらせた。対してアンジェリークはその視線を逸らすためか俯く。
 ディアは、嘆息すると二人を見据えた。
 「光の守護聖ジュリアス、そして女王候補アンジェリーク」
 厳かな声だった。
 守護聖の首座であるジュリアスすら居を正した。つられてアンジェリークも思わず背筋を伸ばす。
 「謹んで、女王陛下からの御言葉を二人に伝えます」
 

 「……で、一週間、エリューシオンの“天使様”であるアンジェリーク、あなたを“女王陛下”と思って、“お供”のジュリアス様が……世話を……する……ですって」
 もう最後のほうは消え入るような声だった。
 「そうなの……どうしよう、ロザリアぁぁぁ」
 しかし、ロザリアに泣きつこうとしてアンジェリークが差し出した手は払われた。
 「ロ……ザリア?」
 「何よ、そのとても美味しいシチュエーションは!」
 「お、美味しい……?」
 目を丸くしてアンジェリークは言った。
 「そうよ」
 ぐい、と身を乗り出すとロザリアは続ける。
 「よくって、アンジェリーク。ジュリアス様は守護聖の首座よ?」
 「……わかってる」
 「誇りを司る光の守護聖様よ?」
 「わかってるってば」
 しつこく言われ不服そうにアンジェリークは答えたが、ロザリアに無視された。
 「その、ジュリアス様にかしずかれるのよ?」
 「……かしずかれる……?」
 「仕えてもらって、守ってもらって、世話してもらえるってことよ!」そう言うと、ロザリアは自分の胸の前で両手を組み、あらぬ方向を見た。「ああ、一度でいいから、あの方に跪かれて『御意』とか言ってもらいたい……」
 そこまで言って、アンジェリークの冷たい視線に気づいたロザリアは言葉を止め、再び腰に手を当てがった。
 「ほほ、まあ、早晩そうなるでしょうけどね。このロザリア・デ・カタルヘナが女王になるのは間違いないのだから。なにせあなたは」
 勝ち誇ったように高笑いするとロザリアは言い放った。
 「ジュリアス様との親密度、最っ低ですものね!」


 ロザリアに悪気はないのだが、歯に衣着せぬ言い様をするところが玉に瑕だ。
 図星。
 部屋で鞄に身の回りのものを詰める手を止めて、アンジェリークはため息をつく。そうだ、育成は順調に進んでいると思う。思うが……それは光の守護聖の力以外によるものだ。
 あの、何もかも見透かすような蒼い瞳。少しでも自信のない態度を見せるとすぐに見抜かれ、厳しく戒められる。何度あの執務室に呼び出され、叱られたか知れない。そうしているうちアンジェリークは、よほどの用事で呼ばれぬ限りはあの執務室へ行けなくなってしまった。結果、エリューシオンに他の力は順当に満ちているものの、極端に光の力だけが少なくなってしまった。
 女王陛下は見かねたのだ。こんな偏った育成に。
 (だって……)
 机の前にある育成資料を見る。
 (エリューシオンの民はもう、光の力を望んでいないんだもの)
 だから、別に嫌な思いをしてまでジュリアスの執務室へ行く必要などないのだ。それなのに。
 気が重い。でも。
 アンジェリークはロザリアの言葉を思い出した。
 「ああ、一度でいいから、あの方に跪かれて『御意』とか言ってもらいたい」
 それは、アンジェリークも思わなかったわけではない。ロザリアみたくアンジェリークより少し高い身長から言う比ではない。居丈高に見下ろされ、叱責されてばかり。
 もう嫌だ。
 「……こうなったら……ジュリアス様をどんどんこき使ってやる!」
 口に出してきっぱり言うと、心なしか気が楽になった。
 「どうせ、私が女王様になんてなれるわけ、ないんだしね」
 肩をすくめてそう呟くと、アンジェリークは再び鞄へ荷物を詰め始めた。

作品名:Holy and Bright 作家名:飛空都市の八月