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欠片

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第6章 約束



 家庭を築く――私が強く憧れていることだ。幼い頃に両親を亡くしたから、人並み外れて憧れが強い。いずれ恋人が出来たら、結婚を考えるようになるのだろう――これまでは漠然と考えていた。そしてそうなる日を待ち望んでいた。
 だが、恋人が出来、順調に交際を重ねている今、憧れ以上に不安を抱いている。私は家庭を築くことが出来るのだろうか。叔父のように子供を虐待する親になるのではないか――と。それが怖くて、前に踏み出せないでいる。
 カレンと結婚したい。だが――、私は彼女や子供を不幸にするのではないか。彼女の幸せを奪うことになるのではないか。
 私は彼女に過去のことを伝えていない。幼い頃に両親を失い、叔父夫婦の許で扶養されてきたことは話してある。だが、虐待を受けて育ったことは何ひとつ話していない。そのような境遇だと知られ、嫌われてしまうのが怖いとも思っている。それらを隠したまま、結婚を申し込むことは出来ないと解っている。だが――。
「ノーマン。ノーマンったら!」
 傍と我に返る。いつのまにか映画が終わっていたようだ。周りの人々が帰り支度を始めていた。カレンは私を見つめ、どうしたの――と問いかける。
「いや、済まない。出ようか」
「何か悩みごとでもあるの? このところいつも茫としているじゃない?」
 彼女と一緒に居ると、今後のことを考えてしまう。付き合ってもう三年。結婚を意識するのも当然だ。カレンもそれを待っているかのようなことを、それとなく告げることがある。
「仕事の悩みなの? 海軍には問題が山積しているから、色々あるのだろうけど……」
「いや。大丈夫だ。心配させて済まない」
 私の顔を心配げに見つめるカレンに微笑する。カレンは私の話を親身になって聞いてくれる。時には辛辣な意見を述べることもある。優しいだけではなく、馴れ合いではなく、自分の考えを率直にぶつけてくれる――そんな女性だったから、私は彼女を愛していた。結婚したいといつも思っている。
 休日は大抵、一緒に過ごした。今日のように映画を観にいったり、遠出をしたり――。私の仕事が早めに終わった時は、夕食を共にすることもある。
 今日は映画を見終わったあとで、彼女が以前から行きたがっていたレストランへと行った。其処で映画の感想を語らいながら、食事を楽しんだ。一日中一緒に居ても、話が尽きることは無い。それどころか、いつもいつのまにか時間が経ってしまっている。
 レストランを出ると、辺りは薄暗くなっていた。カレンは寮ではなく、本部から地下鉄で三十分程のアパートで一人暮らしをしている。両親とは五年前に他界しており、親戚も居ないらしい。そうした境遇は私とよく似ていた。
 地下鉄に乗り込むまで、彼女を送り届ける。翌日が休日ともなれば、彼女のアパートに泊まることもあるが、明日は平日で、会議用の資料整理も済ませておかなければならなかった。
「お休み。また明日」
 別れ間際に、口付けを交わし合う。明日にはまた会えるのだが、こうして別れる時が一番もどかしい。結婚すれば、彼女と一緒に居られるのに――。
 結婚しよう――その一言を堪らなく言いたくなる。たった短い一言だ。それなのに言えない。言いたいのに、喉から発する直前にその言葉を飲み込んでしまう。それは私にとって、非常に重い言葉だ。
 そして今日も――、言えなかった。



「ザカ大佐。何かあったのですか?」
 土曜日を明日に控えたこの日の夜、久々にジャンと飲みに出掛けた。明日と明後日はカレンと過ごすことになっている。この二日間のどちらかで、カレンに私の過去のことを打ち明けようと考えていた。いつまでも彼女を待たせる訳にはいかない。私の過去は暗く重い。できるだけ自然に切り出したいものだが、きっとそうはならないだろう。どう切り出すか――ジャンと話しながらもそのことばかり気になっていた。
「いや。済まない」
「このところ考え込んでいる様子ですが、何かあったのですか?」
「そうだな……」
 ジャンにこの悩みを打ち明けるべきか――考えた末、結局打ち明けなかった。ジャンには世話になってばかりだ。本来なら年上である私がジャンの相談に乗るべきなのに、私の方がいつも助けられてばかりいる。だから今回の件については、自分自身で解決したかった。
 本当は黙っておきたい。私の過去は封印して、振り返りたくもなければ、話したくもない。
 だが、結婚するとなると、彼女には絶対に打ち明けなければならないことだ。隠したままでは何事も始まらない。そしてこれは隠しておいてはならない問題なのだから――。
 そうだ。やはり今回は必ず話そう。どう切り出しても良い。別の会話の途中でも構わない。
「ザカ大佐?」
「ジャンと話していたら、決心がついた」
「何がです……?」
「話したいことがあるが、それは今は話すべきでないことだ。時期が来たら話すよ」
 我ながら曖昧な返答だなと苦笑した。しかし、ジャンは解りましたと快く頷いてくれる。グラスの中のビールを飲む。至極当然なことに今、気付いてしまった。嫌われることを恐れ先延ばしにしたとして、いつかその時は来るのだった。付き合って三年という月日が流れているのだから、互いのためにもどちらかの道を選ばねばならない。



 カレンのアパートはいつも綺麗に整っている。女性らしい明るい色のカーテンや家具が置かれていて、素っ気ない私の部屋とは比べものにならない。ちょうど私の向かい側にある棚の上には家族写真が飾られてあった。幼い彼女を挟んで、優しそうな男性と女性――その二人が両親であることは彼女より聞き知っていた。二枚飾られているうちのもう一枚には、彼女と母親が写っている。彼女の父親は軍人で、彼女が高校生の頃、任務遂行中に事故死したらしい。母親は大学生の頃に病死した。母親と二人で写っている写真は、闘病中の頃のものだと言っていた。
 彼女も家族には恵まれなかったのだろうが――、それでも幸せに育てられたのだろうことはよく解る。
 カレンは台所から戻ってくると、冷えたジンジャーエールをグラスに注いだ。先程まで、彼女と外出していた。今日は随分暑く、このアパートに到着する頃にはじわりと汗が滲み出てきた。礼を述べてグラスを受け取り、一口飲む。喉元を弾けながら過ぎていくのが心地良い。彼女もグラスを手にして、私の隣に腰を下ろした。喉の渇きを潤して、テーブルの上にそれを置く。カランと氷がグラスのなかを回る音が聞こえた。
「ノーマン」
 一息置いて、彼女は私の名を呼んだ。彼女を見遣ると、私を真剣な眼で見つめて言った。
「来年、異動となりそうなの」
「え……?」
 何の話だろう――と思っていた矢先のことだった。思いがけないことを告げられた。カレンが異動する? 私はそのことをまったく想定していなかった。
「事務職員は異動が無いと聞いているが……?」
 カレンも軍人ではあるが、本部事務職員としての採用であったため、事務局以外への異動は無い筈だった。それが異動――?
「パリ支部が人員不足だから、特例ではあるけどパリに行ってくれないかって打診されて……」
「パリ!?」
作品名:欠片 作家名:常磐