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吾輩は猫である

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 フルートの優雅な調べが、森の広場に響き渡る。
 
 柚木梓馬オンステージ・イン・森の広場。
 観客は俺、ひと――いや、俺、一匹。
 
 俺というちっぽけな観客の存在を意識しているのか、いないのか……。
 柚木は得意な曲を伸び伸びと演奏していた。
 
(ふん……『アダージョ』……か)
 柚木の演奏技術、表現力は、高校生としてみた場合飛び抜けたものがある。いわゆる「天才」にカテゴライズされる人種なのだろう。
 しかも、こいつのすごいところは、その天賦の才に奢らず、決して努力を怠らない。彼の辞書に「手抜き」という単語は存在しないのだろう。
 そういった意味では、手の掛からない生徒だった。
 
 時折、俺の方をちらりと見ては、不敵な笑みを浮かべる。
 音楽教師という立場上、彼の演奏を聴く機会の多い俺にとって、この強制リサイタルは、別段有り難がるようなものではなかった。
 本音を言えば、今、すぐにでもこの場を離れたい。
 我慢して、おとなしく聴いているフリをしているのは、単にヤツの足止めをしているからにすぎなかった。
 この先の茂みには、俺が着ていた服一式を隠している。
 目聡い彼のことだ。一目現場を見れば、直ぐに気付いてしまうだろう。
 これ以上の面倒事は勘弁して欲しい。

 美しい旋律が、余韻を残しながら広場の空気に溶け込んだ。
「…………」
 柚木はフルートの歌口から唇を離すと、じっと俺を見つめる。
 何だ? 猫に拍手をせがんでいるのか?
「ふみゃぁぁ……」
 俺はこれみよがしにデカい欠伸をしてやった。なんせ、ケモノだからな。

「……ふん、やはり猫が相手じゃ、張り合いがないな」
 さすがの柚木もこれにはむっとしたようだ。
 平静を装っているが、眉間にはしっかり皺が寄っている……とてもじゃないが、親衛隊の女子連中には見せられない顔だな。
 さあ、愛想を尽かして、とっとと向こうに行ってくれ。お前にはもっとふさわしい場所があるはずだ。

「それにしてもお前……」
 楽器を片付けて、いざ退散……かと思いきや、柚木は俺の元につかつかと歩み寄ってきた。
 薄い唇の端が僅かに吊り上げる。
「に、にゃぁ……」
 嫌な空気を感じて、背中の毛がぞわぞわと逆立った。
 こいつ、妙に勘の鋭いところがあるんだよな。
 学内音楽コンクールのときだってそうだ。日野が魔法のヴァイオリンを使っていることに気付いたのは、俺と柚木だけだった。

「俺の気のせいか……? お前、誰かに似ている気がするんだよな……」
 しゃがみ込んで、真正面からじっと俺の顔を見る。

 ――いやいや、分かるはずはない。
 今の俺は何処から見ても、正真正銘、ただの野良猫だ。

「……フッ、おかしなものだ。この俺が猫に話し掛けるなんてな。これじゃまるで金澤先生……」
 柚木はそう言い掛けて、自分の吐き出した言葉にはっとする。彫刻のように端正な顔が強張る瞬間を、俺は見逃さなかった。

 ま・ず・い。
 俺、激しくピーンチ――!

「み、みゃお?」
 わざとらしく鳴いてみせる。尻尾ふりふりのおまけつきで。

 ――猫だ。猫なんだよ、俺は。

「……フッ、まさかな。そんなわけないか。妖精だの魔法だのと、俺も随分とこの学院のおかしなものにほだされたみたいだ。くだらない」
 独りごちに呟いて、柚木は長い前髪をさらりとかき上げる。立ち上がって、楽器ケースの底に付いた芝生を丁寧に払い落とした。
 ひとしきり演奏したせいで、気が晴れたのだろう。少しだけ、爽やかな顔をしている。
 相変わらず晴れないのは俺の心だが、とりあえずの窮地は脱したようだ。

「そろそろ時間だな……」
 柚木は制服の内ポケットから懐中時計を取り出して、盤面を一瞥する。
「……まあ、それなりに気晴らしになったよ、じゃあな、ヒロ」
 にやりと笑って、今度こそ踵を返した。


(やれやれ……)
 柚木の立ち去る気配が完全に消えるのを待ってから、俺は深い溜め息をついた。
 気を取り直すと、服の隠し場所へと向かうべく、前肢を繰り出した。
 
「みゃっ?」
 鼻先に金色の光が集まり始める。
 この光は、もしや……。

 集まった光の中心から、羽根を持った妖精がぽんと飛び出す。

「にゃっ――!」
(お前は――!)

「金澤紘人、久し振りなのだー!」
 この羽根付きの名前は、アルジェント・リリ。
 俺がこいつの姿を自分の目で見たのは実に……十、十六年振りであった。


 ―以下、人外同士の会話につき、通常括弧表記―

「アルジェント・リリ……」
 驚く俺を前に、羽根妖精は偉そうに腕を組んで、宙をふわふわと漂っていた。
「ははーん、さてはお前、吾輩が見えることに驚いておるな? ファータが使う姿消しの魔法は人間にしか効かない。今のお前は猫だから、吾輩たちの姿が見えるのだ!」
 その姿は、現役時代の記憶と寸分変わりがない。ファータは老化しないのだろうか。
「ふん、変わらないな。相変わらず小生意気な口をききやがる」
「そういうお前は、随分とくたびれたのだ」
「やかましい! 脳天気な妖精と違って、人間様は歳を取るもんだ」
 ――じゃなくて。
 俺が言いたいのはこんなことじゃない。

「てめー! 良くも俺をこんな目に遭わせたなっ!」
 勢いよく飛びかかろうとすると、妖精は羽根をばたつかせて上空に逃げた。
 ……くそっ、すばしっこいヤツだ。

「元はと言えば、金澤紘人が望んだことなのだ」
「は? いつ俺がそんなことを言った?」
「確かにお前は言ったのだ! 昨日、森の広場で居眠りしながら『あ〜ダリぃ。猫になりたい』って言っていたのを、我輩は聞いたのだ」
「…………」
 言われてみれば、増えるばかりの雑用にうんざりして、そんな愚痴を吐いていたかもしれない。
 ……だが、それとこれとは、話が別だ。

「吾輩はそれを叶えただけだ。礼を言われるならともかく、恨まれる筋合いはないのだ!」
「そりゃ、お前、言葉のアヤだ。誰が本気で猫になりたいなんて望むか! いいから、解け、今すぐこのふざけた魔法を解け!」
「それは無理なのだ。吉羅暁彦から言付けが行ったはずなのだ」
 なるほど……昨日の吉羅も、こいつの差し金で見に来たようなことを言っていたっけ。
「無理……?」
 見上げると、いつも脳天気なはずの妖精が、珍しく口をへの字に曲げていた。
「おい、無理とは、どういう意味だ?」
「うむ。今回の魔法は効果テキメンで、なんと、吾輩にも解けないのだ。手前に行っていた実験の影響で、魔力がゾウフクされてしまったらしい」
 胸を張って言うようなことか。
「……なに、吾輩の魔法は消えゆく魔法だから、一週間も待てば自然に解けるのだ。社会的な問題は、吉羅暁彦が何とかしてくれる。お前は休暇だと思って、気ままな猫ライフを楽しめば良いのだ」

 術者も解除できない魔法なんて、まるで呪いだ。

「ふざけるな! お前のせいで、俺は日野に拾われて、怪我をして……そんでもって、猫缶を食う羽目になったんだぞ!」
「そのお陰で、日野香穂子に甘えられるなら本望だろうが?」
「なっ……」
 思わずたじろいだ俺に、にやにやと卑しい笑みを浮かべる。
作品名:吾輩は猫である 作家名:紫焔