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夏風吹いて秋風の晴れ

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店に入って


世田谷線の松原の駅前に鰻屋があるのかと思っていたら、ステファン神父は汗をかきながら豪徳寺の駅に向かっていた。
叔父と俺もその後ろに続いて住宅街を続いていた。
「もうすぐですよって、しっかり歩きなはれ」
後ろを歩いていたからステファンさんが振り返ってだった。
「ステファンさんこそ大丈夫ですか?」
薄い白い神父服が汗で濡れていた。
「平気ですがな・・これぐらい歩いたほうがおいしゅうご飯いただけますわ」
「そうですか・・」
言いながら、その前に暑さで倒れでもされたらって思っていた。
10分ほど歩くと、それらしい鰻屋の前にたどり着いていた。おいしい匂いの風がいっぱいだった。
「この店って、いつからですか、新しいんですか・・」
叔父が聞いていた。
「先月できましたんや、わて3回いただきました。なんやら若い主人やけど、どっかの有名店で修行してたらしいで・・うまいでっせ・・」
叔父にうれしそうな顔で説明をしていた。
「ほな、はいりまっせ」
木の匂いがしそうな真新しい木戸を開けた巨漢を揺らしたステファンさんのあとに続いていた。
小さい店だったけれど、お座敷もある店だった。ステファンさんの説明どおりに若い主人とその奥さんらしい人ともう1人の若い男の子がむかえてくれていた。
「また、食べさせてもらうわ、あがりまっせ、うまいよって、息子と孫みたいなのを今日は連れてきましたよって、おいしいとこ焼いたってや」
ステファンさんは大きな声で言いたい事を言うと、さっさと空いていた座敷に上がりこんでいた。叔父も俺も頭を下げて一緒にだった。
「お重の 松でよろしいですか、神父さん」
奥さんらしい人がお茶をだしながらだった。
「そやな、それで頼みますわ」
座って出された冷たいおしぼりで顔を拭きながらステファンさんが答えていた。
叔父と俺はそれにうなずいていた。

しばらくすると店は、ほぼ満席になって、ちょうど、うな重が運ばれてきていた。蓋を開けるとたまらない香りが顔いっぱいにまで広がっていた。思わず笑みがこぼれていた。
「さぁ、たべましょかぁ・・」
割り箸を割って、肝吸いに口をつけながら大きな声のステファンさんだった。
「はぃ」
叔父が返事をして、俺はそれにうなずいていた。
「で、いつ来ますのや・・娘・・夏休みの間に来ますのか?」
叔父にステファンさんが聞いていた。
「土曜日の予定です」
「そうかぁー まぁー 明るそうな子やから、いいわなぁー あんさんに似んとかわいい顔してますわ」
「そうですか・・」
「なんやぁ、あんさん もうちっと、うれしそうな顔してしゃべらんかい。うれしい事やないかぁ・・娘出来るんやから」
「うれしいんですけど、心配もいろいろありまして・・」
「心配は後でしたらいいがな・・まずは喜んでいいがな・・あの子、なかなか、よさそうな子にみえましたで・・まぁー少し話しただけですけどな・・わて、こう見えてもだてに年取ってるわけではありまへんで・・」
「それは、わかってるんですが・・」
「なら、ニコニコしときなはれ、うまいもの食べる時みたいにでっせ、ほれ、うまいでっしゃろ、この蒲焼」
「はぃ、おいしいですね」
叔父が笑顔で返していた。
「学校はどこ行きますの?」
「成績がいい子なので、編入で私立の女子高に・・」
「そうかぁ・・どこですの?」
「下北沢です」
「あぁー あそこですかぁ、寄付ぎょうさんとられたんとちゃいますかぁ」
「まぁ、それは・・」
叔父が口ごもっていた。
「あんさんも、大変やけど、あんさんよりあの子のほうがもっと、これから大変なんやから、しっかりせんとな・・困ったらたまには、わてんとこ来て祈りなはれや・・・なんでもかんでも祈ればええっちゅうことでもないけどな・・・あんさん、浮気ばれた時だけは必死で祈りますなぁ・・・」
ステファンさんは大声で笑いながらだった。
「叔父さん、えっと、名前ってなんでしたっけ・・聞いたんだけどわすれちゃいました・・」
いじめられている叔父に助け舟のつもりだった。
「弓子だな・・弓道のユミだ」
「そうかぁ・・渡辺弓子かぁ・・ユミちゃんって呼べばいいのかな・・」
「そう呼ばれててみたいだな・・」
いつもに比べるとほんとに静かな叔父だった。いろいろな思いがあるようだった。
「あんさん、娘できたら、だらしのない格好でうろうろ部屋の中歩いたらいけませんよって、気をつけやぁー あんさん、会社行く時はけっこうパリっとしてますのに、たまに家にいる時だらしないときありまっせ・・」
「そんなことないでしょ・・」
叔父が少し大きな声でだった。
「ありますがなぁ・・わては、いつもパリっとしてますわ」
「パリっとするよりも、少し痩せたほうがいいですよ、ステファンさんは・・太りすぎですよ・・」
「これでも、昔よりは痩せましたがな・・でも、おいしいもんはしゃーないで・・はんま、鰻うまいでんなぁー」
さすがに日本暮らしが長いと、ステファン神父は目の色は青でも、すっかり日本人だった。
話をしながらだったけど、俺のも叔父のも、もちろんステファン神父のお重は、あっという間に軽くなっていた。
「 「詩音」も今日は喜んでるのとちゃいますか・・肩の荷おりましたやろ・・きっと・・」
静かな声でステファンさんが口にしていた。
叔父も俺も黙っていた。
たしかに、そうかもしれないと、箸を止めながら俺はおもったけれど、叔父の前ではそれは言えなかった。
叔父の顔は見れなかった。

作品名:夏風吹いて秋風の晴れ 作家名:森脇劉生