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夏風吹いて秋風の晴れ

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小さな椅子


大学3年生になっていた。真面目な学生とは、ほど遠かったけど、それなりに大学生を楽しんでいた。
学校の授業がない時間はせっせと、叔父の会社の不動産屋のアルバイトに明け暮れていたし、下北沢の「シオンコーポレーション」の名刺の肩書きは、強引な叔父のせいで、主任になっていた。学生なのにだった。
「直美」も、楽しそうに大学生活を送っていたし、留学に向けての勉強も、その資金のためのアルバイトも頑張っていた。この秋に、大学を休学してアメリカに渡るのは結局かなわなかったけれど、大好きな笑顔は変わらなかった。
そんな1983年の夏だった。


「叔父さん、もういいんですかぁー、ここに置いてある物は、全部持ってってもらっていいんですねぇー」
8月がもうすぐ終わろうとしていた日曜日だった。
叔父の赤堤の洋館の2階の部屋から物を運び出す準備を始めていた。
閑静な住宅街の赤い屋根の洋館の横には業者のトラックが1台横付けされて、作業員が2階の部屋に上がってきていた。朝から暑い日差しが古い木枠の窓越しにさしていた。
「そこに置いてある中で、箱に紙が貼ってある以外は全部持ってってもらっていいんだ」
1階から階段を昇りながら叔父の声が聞こえていた。
「じゃぁ、この本棚から、運んでもらっていいですか」
業者の作業員に言うと、若い2人がさっさくそれを運び出していた。
「いいんですか・・・これ、全部廃棄しちゃうんですか・・」
Tシャツ1枚の叔父にだった。
「残して置きたいものは、もう、片付けてあるから・・あとは、このダンボールひとつだけ残してくれれば・・」
叔父は部屋の隅に置かれていた小さなダンボールを指差していた。
「この机も運んでもらっていいんですよね」
「そうだな」
亡くなった「詩音」が使っていた小さな学習机だった。今年の夏で9年目だった。
この部屋は、少しは片付けられていたけど、従兄弟が小学校6年生の夏に交通事故で無くなってから、時がとまったようにその時のままになっていた。
「こんな小さな椅子だったんだなぁー」
小学生用の椅子は本当に小さく、座ってみて驚いていた。
「だいぶ処分してあったつもりなんだが・・なかなか、机とかは処分できなくてな・・この際、綺麗にしないとな・・」
「そうですね、なんか、ないかなぁ・・・」
机の引き出しを開けながらだった。
「さすがに、この机とかを運び出すのに、家に女房はいさせられないと思っていたから、直美ちゃんが買い物に付き合ってくれて助かるよ」
「楽しそうに出かけましたよ、直美も・・今頃、叔母さんと一緒に悩みながら喜んで、買い物しているんじゃないですか」
「そうだといいんだけどな」
「大丈夫ですよ、きっと」
聖子叔母さんと直美は新宿で待ち合わせをして、この部屋に置く新しい家具を買いに出かけていた。
次の土曜日には、ここは新しい住人の部屋になる予定だった。中学1年生の女の子の部屋にだった。
1度だけ会った事があったけれど、叔母がずっと前から孤児院でかわいがっていた女の子を正式に養女に迎えることになっていた。
「からっぽなんだ・・」
机の中は綺麗に整理されていた。
「女房がやったんだろう・・時間ばっかりかかったようだけどな・・」
「えっと、こっちの箱の中は捨てちゃっていいんですね?」
ダンボールが5箱だった。
「そうだな、そっちは、処分してもらっていい」
中を覗くと、いろんな細かいものが入っていた。ほとんどが文房具と本とオモチャだった。
「ここの中のならもらってもいいですか?」
「くだらないものばかりだぞ」
「はぃ、そうみたいだけど、この色鉛筆セットもらいますよ、詩音って絵を描くの好きでしたよね、なんか、女の子みたいな絵とか描いてたなぁー あっ、あった」
小さなスケッチブックが箱の下から出てきていた。中を開くと、何枚かに絵が描かれていた。
「これも捨てちゃっていいんですか、叔父さん・・」
「何冊かは取ってあるから・・全部残すわけにはいかないし・・」
「だったら、もらってもいいですか?」
「もらってくれるんだったら、あいつも喜ぶだろ、なんでも持っていっていいぞ」
「じゃぁー このオモチャも・・」
手にしたのはブリキで出来た車だった。窓に人の顔が書かれた観光バスのオモチャだった。
手に持って窓からの太陽に照らすと錆もなく綺麗だった。
「さて、持てるものは下に運ぶか・・」
「はぃ」
大きな家具は業者に任せて、叔父と俺はダンボールや小さなものだけを運んでいた。箱の中身はあまり見ないようにしていた。思い出がいっぱいってわけではなかったけれど、見ると時間がかかりそうだった。

荷物を全て積み込んだ処分業者の車を叔父と2人で家の前で見送っていた。車はすぐに隣の教会の角を曲がると見えなくなっていた。代わりに顔をこちらに向けた教会の司祭のステファンさんが、教会の門に立っていた。
ステファンさんは声を出しながらこっちに歩いてきていた。真っ青な空が広がっていた。
「行ってもうたなぁー まぁー こんな天気のいい日でよかったがな・・」
「なに言ってるんですか、ステファンさん・・・天気がいいって・・・」
意味がわからなくて、こっちに向かってくるステファンさんに言っていた。
「元気な子だったよって、雨よりいいがな・・・しんみりしたかったんでっか?あんさんは?トラック見て涙でも流しますのか・・」
横にたどり着いて相変わらずの変な関西弁の大きな声で言われていた。少しだけカチンときていた。
「そんなわけじゃないけど・・・」
「ほなら、いい天気でよかったやないかぁー 気持ちよう送ってあがられるがな・・あの子らしい、空よって・・・」
「そりゃ、そうかもしれないけど」
「なんか、1個ぐらい思い出の品物でももらいましたんか、あんさんも・・わてな、昨日、なんか怪獣みたいな人形もらいましたわ、こんぐらいの・・もしかして、わてが昔買ってやったかもしれませんわ」
ステファンさんは陽気に手で、その人形の大きさを作っているようだった。
「あれを買ったのは、私ですから・・」
隣でずっと、俺たちの会話を聞いていた叔父が答えていた。
「そないかぁー なんか、あんなん買ってあげたような記憶ありますけどなぁー」
「それって、たぶん、怪獣じゃなくて、ウルトラマンのほうですよ」
叔父が笑いながらだった。
「そうやったかなぁー 」
「まぁ、お茶でもいかがですか、冷たい麦茶でも・・」
「すんませんなぁー いただきますわ、ほれ、あんさんも入りましょ」
相変わらずの大声で、ステファンさんに背中を押されていた。

洋館に戻ると、結局は俺が、2人に麦茶を用意していた。時間はまだ、お昼前だった。
「叔父さん、お昼はどうしますか・・叔母さんも直美も帰ってくるのって、まだだと思うけど・・」
がらんとしたあの部屋に置く家具と、やってくくる中学1年生の女の子の身の回りのものを買いに出かけていたからたぶん夕方ぐらいになるはずだった。
「そうだなぁー どっか食べにいくか・・駅のほうまで歩いてみるか、ステファンさんもご一緒にいかがですか?」
叔父が聞いていた。
「そうでんなぁー なにがよろしいかなぁー 鰻なんかよろしいでんなぁ」
すっかり日本人のおじーちゃんだった。
作品名:夏風吹いて秋風の晴れ 作家名:森脇劉生