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京浮短編集

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 流行り、というものが世間とは若干ズレてやってくる人間というのがあるが、その時の京楽はそんな状態であった。
 まだ誰も引いていないような冬の最中に風邪を引いてしまい、授業の妨げになるからと二日も休んでしまった。熱があるとか体がだるいといったことはないので、休んだのをいいことに外へ遊びに行ってしまいそうな男だが、こういう時ばかりは妙に真面目に寝台の中に納まっているのである。
 授業を休んで三日目、半身を寝台につっ込んで図書館で借りてきた本を読んでいるとドアをノックして浮竹が入ってきて、京楽は枝折りもせずに本を閉じた。
「やっと来たね。あーあ、退屈だった」
「具合はどうだ?この時期に引くなんて、ホント珍しいよ」
「僕はいつでも流行の最先端をいってるわけですよ…って全然嬉しくないけどね」
 そうへらりと笑った途端、咳き込み出して布団の上に突っ伏した。ひどい咳なのだが、浮竹は特に慌てたり心配するような様は見せず勉強道具を机の上に置くと、椅子を引っ張って寝台の側に座った。
「ひどいか」
 ようやく咳の止んだ京楽に、水差しからコップに中身を移して差し出した。見りゃ分かるだろう、とでも言うように眉を動かして京楽はそれを受け取って口をつけた。
「朝から晩までこの調子、ひどいなんてもんじゃないよー全然寝れないんだ」
「咳止め、飲んだか?」
 まだ喉に残るイガイガを軽い咳で吐き出しながら、京楽は水差しの脇に置いた内薬袋を指した。中に入っていた処方箋を読み、
「入ってないじゃないか。それにおまえ」
 浮竹は薬袋の中身を布団を被っている京楽の足の上に開けた。錠剤と粉薬が一緒に入った小袋が、ほぼ一週間分そっくりある。
「全然飲んでないじゃないか、治るわけがない」
「だって鼻も詰まってないし、熱もないんだよ?必要ないよ」
「必要ないなら出さないだろう、専門家なんだから!」
「怖いなぁ、浮竹は」
 何故だか嬉しそうにくっくっと肩で笑いながら、京楽はふと窓の外に目線を移した。倣うように浮竹も少し椅子から腰を浮かせて、京楽の視線の先を追う。その先にはこの時期特有の、重い灰色の空が広がっていて他は木の枝が風に揺れるのが見えるだけだ。
「何かいたのか?」
「何も。ここにいる間中、いつ見ても何も起こらなかった」
 ただこうしているというのはこんなにつまらないものだったんだね、と京楽は言ってまた咳き込んだ。
「京楽、薬」
 ただの風邪に薬が必要ないのはよく知っていた。浮竹は処方された薬袋からではなく、自分の懐の巾着からを小分けされた薬の包みを出して京楽に勧めた。
「だからいらないって…」
「咳止め。飲めよ、これは絶対効くから」
 水差しから注ぎ足したコップを渡して、薬の包みを開くと中の微かな苦い匂いが鼻の奥を突いて、京楽は露骨に嫌な表情をした。
「絶対?」
「絶対」
 ふぅん、と京楽は薬を飲んだ。それは匂いの通りに苦く、うえぇと首でも絞められたかのような声に浮竹は笑った。
「君、いっつもこんなの飲んでたんだ」
「うん。…口直しやるよ、口開けて」
 変なのじゃないだろうね、と訝しむ京楽をさらに促して口を開かせるとその中に薬と同じ巾着から出した小さな塊を放り込む。舌に溶け出したのは砂糖の味だった。
「…この三日でちょっとだけ君のことが分かった気がするよ」
 舌と口蓋で落雁をさらさらと溶かしながら京楽は呟いた。
「俺もちょっとだけ」
 そう言うと浮竹も巾着から落雁を取り出して、口に放り込んだ。



作品名:京浮短編集 作家名:gen